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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 不意に驚き得三は今や下枝を突かむとしたる刀を控へて、耳傾くれば、「あかアぎさん、とくざうさん。」
 得三は我耳を疑ふ如く、耳朶《みゝたぶ》に手をあてて眉を顰めつ、傾聴すれば、慥に人声、「城様《さん》――得三様《さん》。」
 得三はぎよつとして、四辺《あたり》を見廻し、人形の被《かづき》を取つて、下枝にすつぽりと打被《うちかぶ》せ、己が所業を蔽ひ隠して、白刃に袂を打着せながら洋燈《ランプ》の心を暗うする、さそくの気転此で可しと、「誰だ。何誰《どなた》ぢや。と呼懸くれば、答は無くて、「赤城様。得三様。しや忌々し何奴ぞと得三からりと部屋の戸開くれば、彼声《かのこゑ》少し遠ざかりて、また、「赤城様、得三様。「えゝ、誰だ。とつか/\と外《おもて》に出れば、廊下をばた/\走る音して姿は見えずに、「赤得、赤得。背後《うしろ》の方にて又別人の声、「赤城様、得三様。〓呀《あなや》と背後《うしろ》を見返れば以前の声が、「赤得、赤得。と笑ふが如く泣くが如く恨むが如く嘲ける如く、様々の声の調子を変じて遠くより又近くより、透間もあらせず呼立てられ、得三は赤くなり、蒼くなり、行きつ戻りつ、うろ、うろ、うろ。拍子に懸けて、「赤、赤、赤、赤。「何者だ。何奴だ。出合へ出合へ。といひながら、得三は血眼にて人形室へ駈け戻り、と見れば下枝は被《かづき》を被せ置きたる儘寂として声をも立てず。「ちえゝ、面倒だ。と剣を揮ひ、胸前《むなさき》目懸けて突込みしが、心急きたる手元狂ひて、肩先ぐざと突通せば、きやツと魂消る下枝の声。

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