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 『婦系図』 青空文庫

「さよう、芸妓を入れていて、自分で不都合だと思ったら、妙には指もさしますまい。直ちに河野へ嫁入らせる事に同意をしましょう。それとも内心、妙をどうかしたいというなら、妙と夫婦になる前に、芸妓と二人で、世帯の稽古をしているんでしょう。どちらとも彼奴《あいつ》の返事をお聞き下さい。或《あるい》は、自分、妙を欲しいではないが、他なら知らず河野へは嫁《や》っちゃ不可《いか》ん、と云えば、私もお断《ことわり》だ。どの道、妙に惚れてる奴だから、その真実愛しているものの云うことは、娘に取っては、神仏《かみほとけ》の御託宣《おつげ》と同一《おんなじ》です。」
 形勢かくのごとくんば、掏摸の事など言い出したら、なおこの上の事の破れ、と礼之進行詰って真《まっか》になり、
「是非がごわりませぬ。ともかく、早瀬子を説きまして、更《あらた》めて御承諾を願おうでごわりまする。が、困りましたな。ええ、先刻も飯田町の、あの早瀬子の居《お》らるる路地を、私通りがかりに覗きますると、何か、魚屋体のものが、指図をいたして、荷物を片着けおりまする最中。どこへ引越《ひっこ》される、と聞きましたら、(引越すんじゃない、夜遁《よに》げだい。)と怒鳴ります仕誼《しぎ》で、一向その行先も分りませんが。」

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