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『日本橋』 青空文庫
火の盛なる頃なれば、大膚脱ぎを誰一人目に留る者も無く、のさのさと蟇の歩行みに一町隣りの元大工町へ、ずッと入ると、火の番小屋が、あっけに取られた体に口を開けてポカンとして、散敷いた桜の路を、人の影は流るるよう。……半鐘の響、太鼓の音、ぱっぱっと燃ゆる音、べらべらと煙の響、もの音ばかり凄じく、両側の家はただ、黒い墓のごとく、寂しいまでにひそまり返って、ただ処々、廂に真赤な影は、そこへ火を呼ぶか、と凄いのである。
洪と鳴って新しい火の手が上ると、魔が知らすような激しい人声。わッと喚いてこの町も危くなったが、片側の二階からドシドシ投出す、衣類、調度。
ト諸君はお竹蔵と云うのを御存じの筈と思う。あの屋根から、誰が投げて、どのがらくたに交ったか、二尺ばかりの蝋鞘が一口。蛇のごとく空に躍って、ちょうどそこへ来た、赤熊の額を尾でたたいて、ハタと落ちた。
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