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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 叔母死して七七日《なゝなぬか》の忌も果てざるに、得三は忠実の仮面を脱ぎて、やうやく虎狼の本性を顕したり。入用《いらざ》る雑用《ざふよう》を省くと唱へ、八蔵といへる悪僕一人を留め置きて、其余の奴僕は尽《こと/゛\》く暇を取らせ、素性も知られざる一人の老婆を、飯炊《めしたき》として雇ひ入れつ。こは後より追々に為出《しい》ださむずる悪計《わるだくみ》の、人に知られむことを恐れしなりけり。昨日の栄華に引替へて娘は明暮《あけくれ》不幸を喞《かこ》ち、我も手酷《てひど》く追役《おひつか》はるゝ、労苦を忍びて末々を楽み、偶会《たま/\》下枝と媾曳《あひびき》して纔に慰め合ひつ、果は二人の中をもせきて、顔を見るさへ許さざれば垂篭めたる室《ま》の内に、下枝の泣く声聞く毎に我は腸《はらわた》を断つばかりなりし。
 数ふれば三年前、一日《あるひ》黄昏の暗紛《くらまぎ》れ、潜《ひそ》かに下枝に密会《しのびあ》ひ、様子を聞けば得三は、四十を越したる年にも恥ぢず、下枝を捉へて妻にせむ。我心に従へと強迫すれど、聞入れざるを憤り、日に日に手暴《てあら》き折檻に、無慙や身内の皮は裂け、血に染みて、紫色に腫れたる痕も多かりけり。

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