検索結果詳細


 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 そのまゝ熟と覗いて居ると、薄黒く、ごそ/\と雪を踏んで行く、伊作の袖の傍を、ふはりと巴の提灯が点いて行く。おゝ今、窓下では提灯を持つては居なかつたやうだ。――それに、もうやがて、庭を横ぎつて、濡縁か、戸口に入りさうだ、と思ふまで距つた。遠いまで小さく見える、唯少時して、ふとあとへ戻るやうな、やや大きく成つて、あの土間廊下の外の、萱屋根のつま下をすれ/\に、段々此方へ引返す、引返すのが、気の所為だか、いつの間にか、中へ入つて、土間の暗がりを点れて来る。……橋がかり、一方が洗面所、突当たりが湯殿……ハテナとぎよツとするまで気づかうたのは、その点れて来る提灯を、座敷へ振り返らずに、逆に窓から庭の方に乗出しつゝ見て居る事であつた。
 トタンに消えた。――頭からゾツとして、首筋を硬く振向くと、座敷に鷺かと思ふ女の後姿の頸脚がスツとい。
 違棚の傍に、十畳のその辰巳に据ゑた、姿見に向つた、うしろ姿である。……湯気に山茶花の悄れたかと思ふ、濡れたやうに、しつとりと身についた藍鼠の縞小紋に、朱鷺色と白のいち松のくつきりした伊逹巻で乳の下の縊れるばかり、消えさうな弱腰に、裾模様が軽く靡いて、片膝をやゝ浮かした、褄を友染が微り溢れる。露の垂りさうな円髷に、桔梗色の手絡が青白い。浅葱の長襦袢の裏が媚めかしく搦んだ白い手で、刷毛を優しく使ひながら、姿見を少しこゞみなりに覗くやうにして、化粧をして居た。

 218/330 219/330 220/330


  [Index]