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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 違棚の傍に、十畳のその辰巳に据ゑた、姿見に向つた、うしろ姿である。……湯気に山茶花の悄れたかと思ふ、濡れたやうに、しつとりと身についた藍鼠の縞小紋に、朱鷺色と白のいち松のくつきりした伊逹巻で乳の下の縊れるばかり、消えさうな弱腰に、裾模様が軽く靡いて、片膝をやゝ浮かした、褄を友染が微り溢れる。露の垂りさうな円髷に、桔梗色の手絡が青白い。浅葱の長襦袢の裏が媚めかしく搦んだ白い手で、刷毛を優しく使ひながら、姿見を少しこゞみなりに覗くやうにして、化粧をして居た。
 境は起つも坐るも知らず息を詰めたのである。
 あはれ、着た衣は雪の下なる薄もみぢで、膚の雪が、却つて薄もみぢを包んだかと思ふ、深く脱いだ襟脚を、すらりと引いて掻合すと、ぼつとりとして膝近だつた懐紙を取つて、くる/\と丸げて、掌を拭いて落したのが畳へ白粉のこぼれるやうであつた。

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