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 『婦系図』 青空文庫

 あの、音《ね》の冴えた、軽い車の軋《きし》る響きは……例のがお出掛けに違いない。昨日《きのう》東京から帰った筈。それ、衣更《ころもが》えの姿を見よ、と小橋の上で留《とま》るやら、旦那を送り出して引込《ひっこん》だばかりの奥から、わざわざ駈出すやら、刎釣瓶《はねつるべ》の手を休めるやら、女連《づれ》が上も下も斉《ひと》しく見る目を聳《そばだ》てたが、車は確に、軒に藤棚があって下を用水が流れる、火の番小屋と相角《あいかど》の、辻の帳場で、近頃塗替えて、島山の令夫人《おくがた》に乗初《のりそ》めをして頂く、と十日ばかり取って置きの逸物に違いないが――風呂敷包み一つ乗らない、空車を挽いて、車夫は被物《かぶりもの》なしに駈けるのであった。

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