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 『婦系図』 青空文庫

 裏町の中程に懸ると、両側の家は、どれも火が消えたように寂寞《ひっそり》して、空屋かと思えば、蜘蛛の巣を引くような糸車の音が何家《どこ》ともなく戸外《おもて》へ漏れる。路傍《みちばた》に石の古井筒があるが、欠目に青苔《あおごけ》の生えた、それにも濡色はなく、ばさばさ燥《はしゃ》いで、流《ながし》も乾《から》びている。そこいら何軒かして日に幾度、と数えるほどは米を磨ぐものも無いのであろう。時々陰に籠って、しっこしの無い、咳の声の聞えるのが、墓の中から、まだ生きていると唸《うめ》くよう。はずれ掛けた羽目に、咳止飴《せきどめあめ》と黒く書いた広告《びら》の、それを売る店の名の、風に取られて読めないのも、何となく世に便りがない。
 振返って、来た方を見れば、町の入口を、真暗《まっくら》な隧道《トンネル》に樹立《こだち》が塞いで、炎のように光線《ひざし》が透く。その上から、日のかげった大巌山が、そこは人の落ちた谷底ぞ、と聳え立って峰から哄《どっ》と吹き下した。

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