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 『人魚の祠』 青空文庫

 私たちは七丁目の終点から乗つて赤坂の方へ帰つて来た……あの間の電車は然《さ》して込合ふ程では無いのに、空怪しく雲脚が低く下つて、今にも一降《ひとふり》来さうだつたので、人通りが慌《あわたゞ》しく、一町場《ひとちやうば》二町場《ふたちやうば》、近処へ用たしの分も便つたらしい、停留場毎に乗人《のりて》の数が多かつた。
 で、何時何処から乗組んだか、つい、それは知らなかつたが、丁《ちやう》ど私たちの並んで掛けた向う側――墓地とは反対――の処に、二十三四の色の白い婦人が居る……
 先づ、色の白い婦《をんな》と云はう、が、雪なす白さ、冷《つめた》さではない。薄桜《うすざくら》の影がさす、朧に香《にほ》ふ装《よそほひ》である。……こんなのこそ、膚《はだへ》と云ふより、不躾ながら肉と言はう。其《その》胸は、合歓《ねむ》の花が雫しさうにほんのりと露《あらは》である。

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