検索結果詳細


 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 村入の雁股と申す処に(代官婆)と言ふ、庄屋のお婆さんと言へば、まだしをらしく聞えますが、代官婆。……渾名で分りますくらゐ可恐しく権柄な、家の系図を鼻に掛けて、俺が家はむかし代官だぞよ、と二言めには、たつみ上りに成りますので、其の料簡でございますから、中年から後家に成りながら、手一つで、先づ……伜どのを立派に育てゝ、此を東京で学士先生にまで仕立てました。……其処で一頃は東京住居をして居りましたが、何でも一旦微禄した家を、故郷に打開けて、村中の面を見返すと申して、沽券潰の古家を買ひまして、両三年前から、其の伜の学士先生の嫁御、近頃で申す若夫人と、二人で引篭つて居りますが。……菜大根、茄子などは料理に醤油が費だと言ふ倹約で、葱、韮、大蒜、辣薤と申す五薀の類を、空地中に植込んで、塩で弁ずるのでございまして……もう遠くから芬と、其の家が臭ひます。大蒜屋敷の代官婆。……

 262/330 263/330 264/330


  [Index]