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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 代官婆の憤り方を御察しなさりたう存じます。学士先生は電報で呼ばれました。何と宥めても承知をしません。是非とも姦通の訴訟を起せ。いや、恥も外聞もない、代官と言へば帯刀ぢや、武士たるものは、不義ものを成敗するは却つて名誉ぢや、と恁うまで間違つては事面倒で。断つて、裁判沙汰にしないとなら、生きて居らぬ。咽喉笛鐡砲ぢや、鎌腹ぢや、奈良井川の淵を知らぬか、……桔梗ヶ池へ身を沈める……此、此、この婆め、沙汰の限りな、桔梗ヶ池へ沈めますものか、身投げをしようとしたら、池が投出しませう。」
 と言つて、料理番は苦笑した。
「また、今時に珍しい、学校でも、倫理、道徳、修身の方を御研究もなされば、お教へもなさいます、学士が至つての御孝心、予て評判な方で、嫁御をいたはる傍の目には、些と弱過ぎると思ふほどなのでございますから、困じ果てて、何とも申しわけも面目もなけれども、とに角一度、此の土地へ来て貰ひたい。万事はその上で。と言ふ――学士先生から画師さんへのお頼みでございます。

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