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 『婦系図』 青空文庫

 菅子さんは、と先ず問うと、まだ見えぬ。が、いずれお立寄りに相違ない。今にも威勢の可い駒下駄の音が聞えましょう。格子がからりと鳴ると、立処《たちどころ》にこの部屋へお姿が露《あらわ》れますからお休みなさりながらお待ちなさい、と机の傍《わき》に坐り込んで、煙草を喫《の》もうとして、打棄《うっちゃ》って、フイと立って蒲団を持出すやら、開放《あけはな》しましょう、と障子を押開《おっぴら》いたかと思うと、こっちの庭がもうちっとあると宜しいのですが、と云うやら。散らかっておりまして、と床の間の新聞を投《ほう》り出すやら。火鉢を押出して突附けるかとすれば、何だ、熱いのに、と急いでまた摺《ずら》すやら。なぜか見苦しいほど慌《あわただ》しげで、蜘蛛の囲《す》をかけるように煩《うるさ》く夫人の居まわりを立ちつ居つ。間には口を続けて、よくいらっしゃいました、ようこそおいで、思いがけない、不思議な御方が、不思議だ、不思議だ、と絶《たえ》ず饒舌《しゃべ》ったのである。

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