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 『日本橋』 青空文庫

 昔と語り出づるほどでもない、殺された妾の怨恨で、血の流れた床下の土から青々とした竹が生える。筍の(力に非ず。)凄さを何にたとうべき。五位鷺飛んで星移り、当時は何某の家の土蔵になったが、切っても払っても妄執は消失せず、金網戸からまざまざと青竹が見透かさるる。近所で(お竹蔵。)と呼んで恐をなす白壁が、町の表。小児も憚るか楽書の痕も無く、朦朧として暗夜にも白い。
 時々人魂が顕れる。不思議や鬼火は、大きさも雀の形に紫陽花の色を染めて、ほとほとと軒を伝う雨の雫の音を立てつつ、棟瓦を伝うと云うので。
 小紅屋の奴、平の茶目が、わッ、と威して飛出す、とお千世が云ったはその溝端。――稲葉家は真向うの細い露地。片側|立四軒目で、一番の奥である。片側は角から取廻した三階建の大構な待合の羽目で、その切れ目の稲葉家の格子向うに、小さな稲荷の堂がある。傍に、総井戸を埋めたと云う、扇の芝ほど草の生えた空地があって、見切は隣町の奥の庭。黒板塀の忍返しで突当る。

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