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 『日本橋』 青空文庫

 廓に馴れた吾妻下駄、かろころ左褄を取ったのを、そのままぞろりと青畳に敷いて、起居に蹴出しの水色|縮緬。伊達巻で素足という芸者家の女房。むかし古石場の寄子ほど、芸者の数を二階に抱えて、日本橋に芽生えの春。若菜家の盛を見せた。夏の素膚の不断の絽明石、真白に透く膚とともに、汗もかかない帯の間に、いつも千円束が透いて見える、と出入りの按摩が目を剥いたのが、その新川の帳尻に、柳の葉の散込むのが秋風の立つはじめ。金気|蕭条としてたちまち至る殺風景。やけでお若は浮気をする。紐がつく、蔦が搦む、蜘蛛の巣が軒にかかる、旦那は暴れる、お若は遁げる。追掛廻して殺すと云う。
 手切話しに、家を分けて、間夫をたてひく三度の勤めに、消え際がまた栄えた、おなじ屋号の御神燈を掛けたのが、すなわちこの露地で、稲葉屋の前がそれである。
 お若と云うのは、一輪の冬牡丹を凩に咲かす間もなく、その家で煩いついて、いわゆる労症の、果はどっと寝て、枕も上らないようになると、件の間夫の妹と称する、いずくんぞ知らん品川の女郎上り。女で食う色男を一度食わせたことのある、台の鮨のくされ縁が、手扶けの介抱と称えて入り込んで、箪笥の抽斗を明けたり出したり、引解いたり、鋏を入れたり。勝手に台所を掻廻した挙句が、やれ、刺身が無いわ、飯が食われぬ、醤油が切れたわ、味噌が無いわで、皿小鉢を病人へ投打ち三昧、摺鉢の当り放題。

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