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 『日本橋』 青空文庫

 すぐに引越し蕎麦を大蒸籠で配ったのが、微酔のお孝であった。……抱妓が五人と分が二人、雛妓が二人、それと台所と婢の同勢、蜀山兀として阿房宮、富士の霞に日の出の勢、紅白粉が小溝に溢れて、羽目から友染がはみ出すばかり、芳町の前の住居が、手狭となって、ここに鏡台の月を移して、花の島田を纏めたものが。
 三年にして現時の始末。
 もっとも中頃、火取虫が赤いほど御神燈に羽たたきして、しきりに蛞蝓が敷居を這う、と云う頃から、傍では少なからず気にしたものの、年月過ぎたことでもあり、世間一体不景気なり、稲葉家などは揚りのいい方、取り立てて言出して、気にさせても詮ない事と、土地で故顔のお茶屋の女中、仕上げて隠居分の箱屋なども、打出しては言わなかった。

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