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 『婦系図』 青空文庫

「大変だ、帯に、」と一声。余りの事に茫《ぼう》となって、その時座を避けようとする、道子の帯の結目《むすびめ》を、引断《ひっき》れよ、と引いたので、横ざまに倒れた裳《もすそ》の煽《あお》り、乳のあたりから波打って、炎に燃えつと見えたのは、膚《はだえ》の雪に映る火をわずかに襦袢に隔てたのであった。トタンに早瀬は、身を投げて油の上をぐるぐると転げた。火はこれがために消えて、しばらくは黒白《あやめ》も分かず。阿部街道を戻り馬が、遥に、ヒイインと嘶《いなな》く声。戸外《おもて》で、犬の吠ゆる声。
「可恐《おッそろし》い真暗ですね。」
 品々を整えて、道の暗さに、提灯を借りて帰って来た、小使が、のそりと入ると、薄色の紋着を、水のように畳に流して、夫人はそこに伏沈んで、早瀬は窓をあけて、〓子《れんじ》に腰をかけて、吻《ほっ》として腕をさすっていた。――猛虎肉酔初醒時《もうこにくにようてはじめてさむるとき》。揩磨苛痒風助威《かようをかいましてかぜいをたすく》。

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