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 『婦系図』 青空文庫

 また実際、夫人がその風采《とりなり》、その容色《きりょう》で、看護婦を率いた状《さま》は、常に天使のごとく拝まれるのであったに、いかにやしけむ、近い頃、殊に今夜あたり、色艶勝《すぐ》れず、円髷《まるまげ》も重そうに首垂《うなだ》れて、胸をせめて袖を襲《かさ》ねた状は、慎ましげに床し、とよりは、悄然と細って、何か目に見えぬ縛《いましめ》の八重の縄で、風に靡く弱腰かけて、ぐるぐると巻かれたよう。従って、前後を擁した二体の白衣も、天にもし有らば美しき獄卒の、法廷の高く高き処へ夫人を引立てて来たようである。
 扉《ドア》を開放《あけはな》した室の、患者無しに行抜けの空は、右も左も、折から真《まっしろ》な月夜で、月の表には富士の妙《しろたえ》、裏は紫、海ある気勢《けはい》。停車場の屋根はきらきらと露が流れて輝く。

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