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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 三時少し過ぎなれば、終汽車《しまひぎしや》にはまだ時間《ひま》あり。一度《ひとたび》病院へ取つて返して、病人本間の様子を見舞ひ、身支度して出直さむと本郷に帰りけるに、早警官等は引取りつ。泰助は医師に逢ひて、予後の療治を頼み聞え、病室に行きて見るに、この不幸なる病人は気息奄々として死したる如く、泰助の来れるをも知らざりけるが、時々、「城家の秘密……怨めしき得三……恋しき下枝、懐かしき妻、……あゝ見たい、逢ひたい、」と同じ言葉を幾度も譫言《うはごと》に謂ふを聞きて、よく/\思ひ詰めたる物と見ゆ。遙々《はる/゛\》我を頼みて来し、其心さへ浅からぬに、蝦夷、松前はともかくも、箱根以東に其様なる怪物《ばけもの》を棲《すま》せ置きては、我が職務の恥辱なり。いで夏の日の眠気覚しに、泰助が片膚脱ぎて、悪人儕《ばら》の毒手の裡より、下枝姉妹《くやうだい》を救うて取らせむ。証拠を探り得ての上ならでは、渠等を捕縛は成り難し。まづ鎌倉に立越えてと、やがて時刻になりしかば、終汽車《しまひぎしや》に乗り込みて、日影やう/\傾く頃、相州鎌倉に到着なし、滑川《なめりがは》の辺《ほとり》なる八橋楼に投宿して、他所《よそ》ながら城の様子を聞くに、「妖物《ばけもの》屋敷、」「不思議の家、」或は「幽霊の棲家、」などと怪しからぬ名を附して、誰ありて知らざる者無し。

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