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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 今朝、松本で、顔を洗つた水瓶の水とともに、胸が氷に鎖されたから、何の考へもつかなかつた、こゝで暖かに心が解けると、……分かつた、饂飩で虐待した理由と言ふのが――紹介状をつけた画伯は、近頃でこそ一家をなしたが、若くて放浪した時代に信州路を経歴つて、その旅館には五月あまりも閉篭もつた、滞る旅篭代の催促もせず、帰途には草鞋銭まで心着けた深切な家だと言つた。が、あゝ、其だ。……おなじ人の紹介だから旅篭代を滞らして、草鞋銭を貰ふのだと思つたに違ひない……
「えゝ、此は、お客様、お粗末な事でして。」
 と紺の鯉口に、おなじ幅広の前掛して、痩せた、色のやゝ青黒い、陰気だが律儀らしい、まだ三十六七ぐらゐな、五分刈の男が丁寧に襖際に畏まつた。

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