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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 此時城得三も泰助と同じ終汽車《しまふぎしや》にて、下男を従へて家に帰りつ。表二階にて下男を対手《あひて》に、晩酌を傾け居りしが、得三何心無く外《おもて》を眺め、門前に佇む泰助を、遠目に見附けて太《いた》く驚き、「あツ、飛んだ奴が舞込んだ。と微酔《ほろよひ》も醒めて蒼くなれば、下男は何事やらむと外を望み、泰助を見ると斉しく反り返りて、「旦那々々、彼《あれ》は先刻《さつき》病院に居た男だ。と聞いて益々蒼くなり、「えゝ!其では何だな。お前を疑ふ様な挙動《そぶり》があつたといふのは彼奴《あいつ》か。「へい、左様でござい。恐怖《おつかね》え眼をして我《おれ》をじろりと見た。「こりや飛んだ事になつて来た。と一方ならず恐るゝ様子、「何も左様、顔色を変へて恐怖《おつかな》がる事もありますめえ。病気で苦しんでる処を介抱してやつたといへば其迄のことだ。「でもお前が病院へ行つた時には、あの本間の青二才が、まだ呼吸《いき》があつたといふでは無いか。「ひく/\動いて居ましたツけ。「だから、二才の口から当家の秘密を、いひつけたに違ひない。「だつて何程《いつかばち》のこともあるめえ。と落着く八蔵。得三は頭《かうべ》を振り、否《いや》、他の奴と違ふ。ありやお前、倉瀬泰助というて有名な探偵だ。見ろ、あの頬桁の創《きず》の痕を。な、三日月形《なり》だらう、此界隈で些《ちつと》でも後暗いことのある者は、彼《あれ》を知らぬは無いくらゐだ。といへば八蔵はしたり顔にて、「我《お》れも、あの創を目標《めじるし》にして這《しや》ツ面を覚えて居りますのだ。「むゝ、汝《きさま》はな、是れから直ぐに彼奴《あいつ》の後を跟《つ》けて何をするか眼を着けろ。「飲込ました。「実に容易ならぬ襤褸《ぼろ》が出た。少しでも脱心《ぬかる》が最後、諸共《とも/゛\》に笠の台が危ないぞ。と警戒《いましむ》れば、八蔵は高慢なる顔色《かほつき》にて、「たかが生ツ白《ちろ》い痩せた野郎、鬼神《おにがみ》ではあるめえ。一思ひに捻《ひね》り潰してくれう。と力瘤を叩けば、得三は夥度《あまたたび》頭《かうべ》を振り、「うんや、汝《きさま》には対手《あひて》が過ぎるわ。敏捷《すばしこ》い事ア狐の様で、何《どう》して喰へる代物ぢや無え。しかし隙があつたら殺害《やツつけ》ツちまへ。」

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