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 『天守物語』 泉鏡花を読む

簿 おゝ、兜あらためがはじまりました。おや、吃驚《びつくり》した。あの、殿様の漆見たいな太い眉毛が、びく/\と動きますこと。先刻《さつき》の亀姫様のお土産の、兄弟の、あの首を見せたら、何《ど》うでございませう。あゝ、御家老が居ます。あの親仁《おやぢ》も大分百姓を痛めて溜込《ためこ》みましたね。そのかわり頭が兀《は》げた。まあ、皆が図書様を取巻いて、お手柄にあやかるのか知ら。おや、追取刀《おつとりがたな》だ。何、何、何、まあ、まあ、奥様々々。
夫人 もう可《い》い。
薄 えゝ、もう可《い》いではございません。図書様を賊だ、と言ひます。御秘蔵の兜を盗んだ謀逆人《むほんにん》、謀逆人、殿様のお首に手を掛けたも同然な逆賊でございますとさ。お庇《かげ》で兜が戻つたのに。――何てまあ、人間と云ふものは。――あれ、捕手《とりて》が掛つた。忠義と知行で、てむかひはなさらぬか知ら。しめた、投げた、嬉しい。其処だ。御家老が肩衣《かたぎぬ》を撥《はね》ましたよ。大勢が抜連《ぬきつ》れた。あれ危い。豪《えら》い。図書様抜合せた。……一人腕が落ちた。あら、胴切。また何も働かずとも可《い》いことを、五両二人扶持《ににんぶち》らしいのが、あら、可哀相に、首が飛びます。

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