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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 洵《まこと》や泰助が一期《いちご》の失策、平常《いつも》の如く化粧して頬の三日月は塗抹《ぬりけし》居たれど、極暑の時節なりければ、絵具汗のために流れ落ちて、創《きず》の露れしに心着かず、大事の前に運悪くも悪人の眼に止まりたるなり。
 さりとも知らず泰助は、略《ほゞ》此家の要害を認めたれば、日の暮れて後忍び入りて内の様子を探らむものと、踵《きびす》を返して立去りけり。
 表二階より之を見て、八蔵は手早く身支度整へ、「どれ後を跟けませう。「くれ/゛\も脱心《ぬかる》なよ。「合点だ。と鉄の棒の長さ一尺ばかりにて握太《にぎりぶと》きを小脇に隠し、勝手口より立出《たちいで》しが、此家《や》は用心巌重にて、つい近所への出入《ではひり》にも、鎖《じやう》を下《おろ》す掟とかや。心急《せ》きたる折ながら、八蔵は腰なる鍵を取り出して、勝手の戸に外より鎖を下し、急ぎ門前に立出でて、滑川の方へ行く泰助の後より、跫音《あしおと》ひそかに跟け行けども、日は傾きて影も射映《さゝ》ねば、少しも心着かざりけり。

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