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 『歌行燈』 従吾所好

 と此の桑名、四日市、亀山と、伊勢路へ掛つた汽車の中から、おなじ切符の誰彼が――其の催について名古屋へ行つた、私たちの、まあ……興行か……其の興行の風説をする。嘘にも何うやら、私の評判も可ささうな。叔父は固より。……何事も言ふには及ばん。――私が口で饒舌〈しやべ〉つては、流儀の恥に成らうから、まあ、何某と言つたばかりで、世間は承知すると思つて、聞きねえ。
 処がね、其の私たちの事を言ふ次手に、此の伊勢へ入つてから、屹と一所に出る、人の名がある。可いかい、山田の古市に惣市と云ふ按摩鍼だ。」
 門附は其の名を言ふ時、うつとりと瞳を据ゑた。背を抱くやうに背後に立つた按摩にも、床几に近く裾を投げて、向うに腰を掛けた女房にも、目もくれず、凝と天井を仰ぎながら、胸前にかかる湯気を忘れたやうに手で捌いて、

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