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 『半島一奇抄』 青空文庫

「御主人――差当りだけでも、そう肯定をなさるんなら、私が是非話したい事があるのです。現在、しかもこの土地で、私が実見した事実ですがね。余り突拍子がないようですから――実はまだ、誰にも饒舌《しゃべ》りません。――近い処が以前からお宅をひいきの里見、中戸川さん、近頃では芥川さん。絵の方だと横山、安田氏などですか。私も知合ではありますが、たとえば、その人たちにも話をしません。芥川さんなどは、話上手で、聞上手で、痩《や》せていても懐中《ふところ》が広いから、嬉しそうに聞いてはくれるでしょうが、苦笑《にがわらい》ものだろうと思うから、それにさえ遠慮をしているんですがね。――御主人。」
「ははあ、はあ……で、それは。」
「いや、そんなに大した事ではありません。実は昨年、ちょうど今頃……もう七八日《ななようか》あとでした。……やっぱりお宅でお世話になって、その帰途《かえり》がけ、大仁からの電車でしたよ。この月二十日の修善寺の、あの大師講の時ですがね、――お宅の傍《そば》の虎渓橋《こけいばし》正面の寺の石段の真中《まんなか》へ――夥多《おびただし》い参詣《さんけい》だから、上下《うえした》の仕切《しきり》がつきましょう。」

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