検索結果詳細


 『半島一奇抄』 青空文庫

「いや、そんなに大した事ではありません。実は昨年、ちょうど今頃……もう七八日《ななようか》あとでした。……やっぱりお宅でお世話になって、その帰途《かえり》がけ、大仁からの電車でしたよ。この月二十日の修善寺の、あの大師講の時ですがね、――お宅の傍《そば》の虎渓橋《こけいばし》正面の寺の石段の真中《まんなか》へ――夥多《おびただし》い参詣《さんけい》だから、上下《うえした》の仕切《しきり》がつきましょう。」
「いかにも。」
「あれを青竹一本で渡したんですが、丈といい、その見事さ、かこみの太さといっちゃあない。――俗に、豆狸《まめだぬき》は竹の子の根に籠《こも》るの、くだ狐《ぎつね》は竹筒の中で持運ぶのと言うんですが、燈心で釣をするような、嘘ばっかり。出《でる》も、入《はい》りも出来るものか、と思っていましたけれども、あの太さなら、犬の子はすぽんと納まる。……修善寺は竹が名物だろうか、そういえば、随分立派なのがすくすくある。路ばたでも竹の子のずらりと明るく行列をした処を見掛けるが、ふんだんらしい、誰も折りそうな様子も見えない。若竹や――何とか云う句で宗匠を驚したと按摩《あんま》にまで聞かされた――確《たしか》に竹の楽土だと思いました。ですがね、これはお宅の風呂番が説破しました。何、竹にして売る方がお銭《あし》になるから、竹の子は掘らないのだと……少《すこし》く幻滅を感じましたが。」

 42/129 43/129 44/129


  [Index]