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 『春昼後刻』 泉鏡花を読む

 あとで聞くと、小児心にもあまりの嬉しさに、此一幅の春の海に対して、報恩の志であつたといふ。一旦出て、浜へ上つて、寝た獅子の肩の処へしやがんで居たが、対手が起返ると、濡れた身体に、頭だけ取つて獅子を被いだ。
 それから更に水に入つた。些と出過ぎたと思ふほど、分けられた波の脚は、二線長く広く尾を引いて、小獅子の姿は伊豆の岬に、ちよと小さな点になつた。
 浜に居るのが胡坐かいたと思ふと、テン、テン、テンテンツゝテンテンテン、波に丁と打込む太鼓、油のやうな海面へ、綾を流して、響くと同時に、水の中に立つたのが、一曲、頭を倒に。

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