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 『春昼』 泉鏡花を読む

 さて、潮のさし引ばかりで、流れるのではありません、どんより鼠色に淀んだ岸に、浮きもせず、沈みもやらず、末始終は砕けて鯉鮒にもなりさうに、何時頃のか五六本、丸太が浸つて居るのを見ると、あゝ、切組めば船になる。繋合はせば筏になる。然るに、綱も棹もない、恋の淵は是で渡らねばならないものか。
 生身では渡られない。霊魂だけなら乗れようものを。あの、樹立に包まれた木戸の中には、其の人が、と足を爪立つたりなんぞして。
 蝶の目からも、余りふは/\して見えたでござらう。小松の中をふらつく自分も、何んだか其の、肩から上ばかりに、裾も足もなくなつた心地、日中の妙な蝙蝠ぢやて。

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