検索結果詳細


 『婦系図』 青空文庫

 と肩を揺《ゆす》って、無邪気と云えば無邪気、余り底の無さ過ぎるような笑方。文学士と肩書の名刺と共に、新《あたらし》いだけに美しい若々しい髯を押揉《おしも》んだ。ちと目立つばかり口が大《おおき》いのに、似合わず声の優しい男で。気焔《きえん》を吐くのが愚痴のように聞きなされる事がある。もっとも、何をするにも、福、徳とだけ襟を数えれば済む身分。貧乏は知らないと云っても可いから、愚痴になるわけはないが、自分の親を、その年紀《とし》で、友達の前で、呼ぶに母様をもってするのでも大略《あらかた》解る。酒に酔わずにアルコオルに中毒《あた》るような人物で。
 年紀《とし》は二十七。従《じゅ》五位勲《くん》三等、前《さき》の軍医監、同姓英臣《ひでおみ》の長男、七人の同胞《きょうだい》の中《うち》に英吉ばかりが男子で、姉が一人、妹が五人、その中縁附いたのが三人で。姉は静岡の本宅に、さる医学士を婿にして、現に病院を開いている。

 535/3954 536/3954 537/3954


  [Index]