検索結果詳細


 『義血侠血』 青空文庫

 かく思い定めたれども、渠の良心はけっしてこれを可《ゆる》さざりき。渠の心は激動して、渠の身は波に盪《ゆら》るる小舟《おぶね》のごとく、安んじかねて行きつ、還《もど》りつ、塀ぎわに低徊せり。ややありて渠は鉢前近く忍び寄りぬ。されどもあえて曲事《くせごと》を行なわんとはせざりしなり。渠は再び沈吟せり。
 良心に逐われて恐惶せる盗人は、発覚を予防すべき用意に遑《いとま》あらざりき。渠が塀ぎわに徘徊せしとき、手水口《ちょうずぐち》を啓きて、家内の一個《ひとり》は早くすでに糸の姿を認めしに、渠は鈍《おぞ》くも知らざりけり。

 550/706 551/706 552/706


  [Index]