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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 面《おもて》にべつたり蜘蛛の巣を撫払《なではら》ひて、縁の下より這出づるは、九太夫《くだいふ》には些《ちと》男が好過《よす》ぎる城の下男八蔵なり。彼《か》れ先刻《さきに》泰助の後を跟《つ》け来りて、此座敷の縁の下に潜《ひそ》みて居り、散々藪蚊に責められながら、疼痛《いたみ》を堪ふる天晴《あつぱれ》豪傑、斯《か》くてあるうち黄昏《たそが》れて、森の中暗うなりつる頃、白衣を着けたる一人の婦人、樹の下蔭に顕れ出でつ、徐《やを》ら歩《あゆみ》を運ばして、雨戸は繰らぬ縁側へ、忍びやかに上りけるを、八蔵朧気《おぼろげ》に見てもしや其、はて好く肖た婦人《をんな》もあるものだ、下枝は一室《ひとま》に閉込めあれば、出て来らるべき道理は無きが、と尚も様子を聞き居るに、頭の上なる座敷には、人の立騒ぐ気勢《けはひ》あり。幽霊などと動揺《どよめ》きしが漸くに静まりて、彼方《あなた》へ連れ行き介抱せむと、誘《いざな》ひ行きしを聞澄まし、縁の下よりぬつと出で蚊を払ひつゝ渋面つくり、下枝ならむには一大事、熟《とく》と見届けて為《せ》む様あり、と裏手の方の墓原へ潜《ひそか》に忍び行きたりける。

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