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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 座敷には泰助が、怪しき婦人を見送りて、下枝の写真を取出し、洋燈に照して彼と此と見較べて居る処へ、亭主は再び入来りて、「お客様、寝床を敷いて遣りますと、僵《たふ》れる様に臥りました。何だか不便な婦人《をんな》でございます。「其は深切に好くしてお遣んなすつた。而《さう》して何とか言ひましたかい。唖《おふし》ぢやないかと思はれます。何を言つても聞えぬやうすでございます。「何《なん》しろ談話《はなし》の種になりさうだね。「いかさまな。「で、私は之から鳥渡《ちよいと》行つて来る処がある。御当家《おうち》へ迷惑は懸《かけ》ないから、帰るまで如彼《あゝ》して蔵匿《かくまつ》て置いて下さらないか、衣服《きもの》に血が附《つい》てたり、おど/\して居る処を見ると、邪慳な姑にいびられる嫁か。「なるほど。「或は継母に苦しめられる娘か。「勾引《かどはか》された女で、女郎にでもなれと責められるのか。こりや、もし好くある奴でございますぜ。「うむ其辺だらう。何でも曰附《いはくつき》に違ひないから、御亭主、一番侠客気《をとこぎ》を出しなさい。「はあて、ようござえさあ、ほい、と直ぐと其気になる。はゝゝゝはゝ。かゝらむには後に懸念無し。亭主もし二の足ふまば我が職掌をいふべきなれど、蔵匿《かくま》ふことを承知したなれば其にも及ばず都合可し。人情なれば此婦人を勦《いたは》りてやる筈なれど、大犯罪人前にあり、これ忽《ゆるがせ》にすべからずと、泰助は急ぎ身支度して、雪の下へと出行きぬ。城の下男八蔵は、墓原に来て突当《つきあたり》の部屋の前に、呼吸《いき》を殺して居たりしが、他の者は皆立去りて、怪しと思ふ婦人《をんな》のみ居残りたる様子なれば、倒れたる墓石を押し寄せて、其上に乗りて伸び上り、窓の戸を細う開きて差覗けば、彼の婦人は此方を向きて横様《よこさま》に枕したれば、顔も姿も能《よ》く見えたり。「やあ!と驚きの余り八蔵は、思はず声を立てけるにぞ、婦人は少し枕を上げて、窓をおふぎ見たる時、八蔵ぬつと顔差出し、拳に婦人を掴む真似して、「汝《うぬ》、これだぞ、と睨《ね》めつくれば、連理引きに引かれたらむやうに、婦人は跳ね起きて打戦《うちおのゝ》き、諸袖《もろそで》に顔を隠し、俯伏《うつぶし》になりて、「あれえ。」

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