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 『歌行燈』 従吾所好

 と言ふ。……お三重は利剣で立たうとしたのを、慌しく捻平に留められたので、此の時まで、差開いた其の舞扇が、唇の花に霞むまで、俯向いた顔をひたと額につけて、片手を畳に支いて居た。恁う捻平に声懸けられて、わづかに顔を振上げながら、きり/\と一先づ閉ぢると、其の扇を畳むに連れて、今まで、濶と瞳を張つて見据ゑて居た眼を、次第に塞いだ弥次郎兵衛は、ものも言はず、火鉢のふちに、ぶる/\と震ふ指を、と支えた態〈なり〉の、巻莨から、音もしないで、ほろほろと灰がこぼれる。
 捻平座布団を一膝出て、
「いや、更めて、熟〈とく〉と、見せて貰はうぢやが、先づ此方へ寄らしやれ。えゝ、今の謡の、気組みと、其の形〈かた〉。教へも教へた、さて、習ひも習うたの。

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