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 『歌行燈』 従吾所好

 其でな、鳥羽の鬼へも面当に、芸をよく覚えて、立派な芸子に成れやツて、姉さんが、然うやつて、目に涙を一杯ためて、ぴし/\撥で打ちながら、三味線を教へてくれるんですが、何うした因果か、些とも覚えられません。
 人さしと、中指と、一寸の間を、一日に三度づゝ、一週間も鳴らしますから、近所隣も迷惑して、御飯もまづいと言ふのですえ。
 又月の良い晩でした。あゝ、今の御主人が、深切なだけに尚ほ辛い。……何の、身体の切ない、苦しいだけは、生命が絶えれば其で済む。一層また鳥羽へ行つて、あの巌に掴まつて、(こいし、こいし、)と泣かうか知らぬ、膚の紐になはつけて、海へ入れられるが気安いやうな、と島も海も目に見えて、ふら/\と月の中を、千鳥が、冥土の使ひに来て、連れて行かれさうに思ひました。……格子前へ流しが来ました。

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