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 『春昼』 泉鏡花を読む

 うつとりするまで、眼前真黄色な中に、機織の姿の美しく宿つた時、若い婦女の衝と投げた梭の尖から、ひらりと燃えて、いま一人の足下を閃いて、輪になつて一ツ刎ねた、朱に金色を帯びた一條の線があつて、赫燿として眼を射て、流のふちなる草に飛んだが、火の消ゆるが如くやがて失せた。
 棟蛇が、菜種の中を輝いて通つたのである。
 悚然として、向直ると、突当りが、樹の枝から梢の葉へ搦んだやうな石段で、上に、茅ぶきの堂の屋根が、目近な一朶の雲かと見える。棟に咲いた紫羅傘の花の紫も手に取るばかり、峰のみどりの黒髪にさしかざされた装の、其が久能谷の観音堂。

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