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 『歌行燈』 従吾所好

 と沖の浪の月の中へ、颯と、撥を投げたやうに、霜を切つて、唄ひ棄てた。……饂飩屋の門〈かど〉に博多節を弾いたのは、転進〈てんじん〉を稍々縦に、三味線の手を緩めると、撥を逆手に、其の柄で弾くやうにして、仄のりと、薄赤い、其屋〈そこ〉の板障子をすらりと開けた。
「ご免なさいよ。」
 頬被りの中の清〈すゞ〉しい目が、釜から吹出す湯気の裏〈うち〉へすつきりと、出たのを一目、驚いた顔をしたのは、帳場の端に土間を跨いで、腰掛けながら、うつかり聞惚れて居た亭主で、紺の筒袖にめくら縞の前垂がけ、草色の股引で、尻からげの形〈なり〉、によいと立つて、

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