検索結果詳細


 『歌行燈』 従吾所好

「……此の膝を丁と叩いて、黙つて二ツ三ツ拍子を取ると、此の拍子が尋常〈たゞ〉んぢやない。……親なり師匠の叔父きの膝に、小児の時から、抱かれて習つた相伝だ。対手の節の隙間を切つて、伸縮みを緊めつ、緩めつ、声の重味を刎上げて、咽喉の呼吸を突崩す。寸法を知らず、間拍子の分らない、満更の素人は、盲目聾で気にはしないが、些と商売人の端くれで、聊か心得のある対手だと、トンと一つ打たれただけで、最う声が引掛つて、節が不状〈ぶざま〉に蹴躓く。三味線の間も同一だ。何うです、意気なお方に釣合はぬ……ン、と一つ刎ねないと、野暮な矢の字が、とうふにかすがひ、糠に釘でぐしやりと成らあね。
 さすがに心得のある奴だけ、商売人にぴたりと一ツ、拍子で声を押伏せられると、張つた調子が直ぐにたるんだ。思へば余計な若気の過失〈あやまち〉、此方は畜生の浅猿〈あさま〉しさだが、対手は素人の悲しさだ。

 642/744 643/744 644/744


  [Index]