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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 却説《こゝに》城得三は探偵の様子を窺へとて八蔵を出し遣りたる後、穏かならぬ顔色にて急がはしく座を立ちて、二室《ふたま》三室《みま》通り抜けて一室《ひとま》の内へ入り行きぬ。こは六畳ばかりの座敷にて一方に日蔽《ひおほひ》の幕を垂れたり。三方に壁を塗りて、六尺の開戸《ひらきど》あり。床の間は一間の板敷なるが懸軸も無く花瓶も無し。但《たゞ》床の中央に他に類無き置物ありけり。鎌倉時代の上臈にや、小袿しやんと着こなして、練衣《ねりぎぬ》の被《かづき》を深く被りたる、人の大きさの立姿。溢《こぼ》るゝ黒髪小袖の褄、色も香もある人形なり。言《ものい》はぬ高峰《たかね》の花なれば、手折るべくもあらざれど、被《かづき》の雲を押分けて月の面影洩出でなば、臈長《らふた》けたらむといと床し。

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