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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 「月夜に暗殺、馬鹿/\しい、と打笑ひつゝ泰助は曲者の顔を視めて、「おや、此奴は病院へ来た奴だ。赤城の手下に違ひないが、ふむ敵はもう我《おれ》が来たことを知つてるな。こりや油断がならぬ哩《わい》。危険々々《けんのん/\》、ほんの一機《ひといき》で此石の通りになる処、馬鹿力の強い奴だ。と舌を巻きしが、「待て、何ぞ手懸りになる様な、掘出し物があらうかも知れぬ。と斯る折にも油断なく八蔵の身体を検して腰に附けたる鍵を奪ひぬ。時に取りては千金にも勝りたる獲物ぞかし。之あらば赤城家へ入込むに便あり造化至造妙《しあわせよし》と莞爾《につこ》と頷き、袂に納めて後をも見ず比企が谷《やつ》の森を過ぎ、大町通つて小町を越し、坐禅川を打渡つて――急ぎ候ほどに、雪の下にぞ着きにける。
    (談話《はなし》前にもどる。)
 却説《こゝに》赤城得三は探偵の様子を窺へとて八蔵を出し遣りたる後、穏かならぬ顔色にて急がはしく座を立ちて、二室《ふたま》三室《みま》通り抜けて一室《ひとま》の内へ入り行きぬ。こは六畳ばかりの座敷にて一方に日蔽《ひおほひ》の幕を垂れたり。三方に壁を塗りて、六尺の開戸《ひらきど》あり。床の間は一間の板敷なるが懸軸も無く花瓶も無し。但《たゞ》床の中央に他に類無き置物ありけり。鎌倉時代の上臈にや、小袿しやんと着こなして、練衣《ねりぎぬ》の被《かづき》を深く被りたる、人の大きさの立姿。溢《こぼ》るゝ黒髪小袖の褄、色も香もある人形なり。言《ものい》はぬ高峰《たかね》の花なれば、手折るべくもあらざれど、被《かづき》の雲を押分けて月の面影洩出でなば、臈長《らふた》けたらむといと床し。

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