検索結果詳細


 『国貞えがく』 青空文庫

 辻の、この辺《あたり》で、月の中空《なかぞら》に雲を渡る婦《おんな》の幻を見たと思う、屋根の上から、城の大手の森をかけて、一面にどんよりと曇った中に、一筋真白な雲の靡くのは、やがて銀河になる時節も近い。……視《なが》むれば、幼い時のその光景《ありさま》を目前《まのあたり》に見るようでもあるし、また夢らしくもあれば、前世が兎であった時、木賊《とくさ》の中から、ひょいと覗いた景色かも分らぬ。待て、希《こいねがわ》くは兎でありたい。二股坂の狸は恐れる。
 いや、こうも、他愛のない事を考えるのも、思出すのも、小北《おぎた》の許《とこ》へ行くにつけて、人は知らず、自分で気が咎める己が心を、我とさあらぬ方へ紛らそうとしたのであった。

 66/317 67/317 68/317


  [Index]