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 『義血侠血』 青空文庫

 はじめ判事らが出廷せしとき、白糸は徐《しず》かに面を挙げて渠らを見遣りつつ、臆せる気色もあらざりしが、最後に顕われたりし検事代理を見るやいなや、渠は色蒼白《あおざ》めて戦きぬ。この俊爽なる法官は実に渠が三年《みとせ》の間夢寐《むび》も忘れざりし欣さんならずや。渠はその学識とその地位とによりて、かつて馭者たりし日の垢塵《こうじん》を洗い去りて、いまやその面はいと清らに、その眉はひときわ秀でて、驚くばかりに見違えたれど、紛うべくもあらず、渠は村越欣弥なり。白糸は始め不意の面会に駭《おどろ》きたりしが、再び渠を熟視するに及びておのれを忘れ、三たび渠を見て、愁然として首を低《た》れたり。
 糸はありうべからざるまでに意外の想いをなしたりき。
 渠はこのときまで、一箇《ひとり》の頼もしき馬丁《べっとう》としてその意中に渠を遇せしなり。いまだかくのごとく畏敬すべき者ならんとは知らざりき。ある点においては渠を支配しうべしと思いしなり。されども今この検事代理なる村越欣弥に対しては、その一髪をだに動かすべき力のわれにあらざるを覚えき。ああ、闊達豪放なる滝の白糸! 渠はこのときまで、おのれは人に対してかくまで意気地なきものとは想わざりしなり。

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