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 『歌行燈』 従吾所好

 此方は何にも知らなからう、風は凪ぐ、天気は可。叔父は一段の上機嫌。……古市を立つて二見へ行つた。朝の中、朝日館と云ふのへ入つて、いづれ泊る、……先へ鳥羽へ行つて、ゆつくりしようと、直ぐに車で、上の山から、日の出の下、二見の浦の上を通つて、日和山を桟敷に、山の上に、海を青畳にして二人で半日。やがて朝日館へ帰る、……と何うだ。
 旅篭の表は黒山の人だかりで、内の廊下もごつた返す。大袈裟な事を言ふんぢやない。伊勢から私たちに逢ひに来たのだ。按摩の変事と遺書とで、其の日の内に国中へ知れ渡つた。別に其の事について文句は申さぬ。芸事で宗山の留〈とゞめ〉を刺したほどの豪い方々、是非に一日、山田で謡が聞かして欲しい、と羽織袴、フロツクで押寄せたらう。

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