検索結果詳細


 『歌行燈』 従吾所好

 旅篭の表は黒山の人だかりで、内の廊下もごつた返す。大袈裟な事を言ふんぢやない。伊勢から私たちに逢ひに来たのだ。按摩の変事と遺書とで、其の日の内に国中へ知れ渡つた。別に其の事について文句は申さぬ。芸事で宗山の留〈とゞめ〉を刺したほどの豪い方々、是非に一日、山田で謡が聞かして欲しい、と羽織袴、フロツクで押寄せたらう。
 いや、叔父が怒るまいか。日本一の不所存もの、恩地源三郎が申渡す、向後一切、謡を口にすること罷成らん。立処に勘当だ。さて宗山とか云ふ盲人、己〈おの〉が不束なを知つて屈した心、斯くの如きは芸の上の鬼神なれば、自分は、葬式〈とむらひ〉の送迎、墓に謡を手向けう、と人々と約束して、私は其の場から追出された。

 691/744 692/744 693/744


  [Index]