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 『春昼』 泉鏡花を読む

 と、一言で直ぐ応じたのも、四辺が静かで他には誰も居なかつた所為であらう。然うでないと、其の皺だらけな額に、顱巻を緩くしたのに、ほか/\と春の日がさして、とろりと酔つたやうな顔色で、長閑に鍬を使ふ様子が――あの又其の下の柔な土に、しつとりと汗ばみさうな、散りこぼれたらの夕陽の中に、ひら/\と入つて行きさうな――暖い桃の花を、燃え立つばかり揺ぶつて頻に囀つて居る鳥の音こそ、何か話をするやうに聞かうけれども、人の声を耳にして、それが自分を呼ぶのだとは、急に心付きさうもない、恍惚とした形であつた。

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