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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 「どたん、ばたん、豪《えら》い騒ぎ。その立騒ぐのに連れて、むくむくむくむく、と畳を、貴僧《あなた》、四隅から持上げますが、二隅ずつ、どん、どん、順に十畳敷を一時に十ウ、下から握拳《にぎりこぶし》を突出すようです。それ毛だらけだ、わあ女の腕だなんて言いますが、何、その畳の隅が裏返るように目まぐるしく飜《かえ》るんです。
 もうそうなると、気の上った各自《てんで》が、自分の手足で、茶碗を蹴飛ばす、徳利を踏倒す、嘯《つなみ》だ、と喚きましょう。
 その立廻りで、何かの拍子にゃ怪我もします、踏切ったくらいでも、ものがものですから、片足切られたほどに思って、それがために寝ついたのもあるんだそうで。漁師だとか言いましたっけ。一人、わざわざ山越えで浜の方から来たんだって、怪物《ばけもの》に負けない禁厭《まじない》だ、と〓《えい》の針を顱鉄《はちがね》がわりに、手拭に畳込んで、うしろ顱巻《はちまき》なんぞして、非常な勢《いきおい》だったんですが、猪口の欠《かけ》の踏抜きで、痛《いたみ》が甚《ひど》い、お祟《たたり》だ、と人に負《おぶ》さって帰りました。

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