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 『絵本の春』 青空文庫

 僥倖《さいわい》に、白昼の出水だったから、男女に死人はない。二階家はそのままで、辛うじて凌《しの》いだが、平屋はほとんど濁流の瀬に洗われた。
 若い時から、諸所を漂泊《さすら》った果《はて》に、その頃、やっと落着いて、川の裏小路に二階借《がり》した小僧の叔母《おば》にあたる年寄《としより》がある。
 水の出盛った二時半頃、裏向《むき》の二階の肱掛窓《ひじかけまど》を開けて、立ちもやらず、坐りもあえず、あの峰へ、と山に向って、膝《ひざ》を宙に水を見ると、肱の下なる、廂屋根《ひさしやね》の屋根板は、鱗《うろこ》のように戦《おのの》いて、――北国の習慣《ならわし》に、圧《おし》にのせた石の数々はわずかに水を出た磧《かわら》であった。

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