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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 森は押被《おっかぶ》さっておりますし、行燈は固《もと》よりその立廻りで打倒《ぶったお》れた。何か私どもは深い狭い谷底に居窘《いすく》まって、千仭の崖の上に月が落ちたのを視《なが》めるようです。そう言えば、欅の枝に這いかかって、こう、月の上へ蛇のように垂《たれ》かかったのが、蔦の葉か、と思うと、屋根一面に瓜畑になって、鳴子縄が引いてあるような気もします。
 したたかな、天狗め、とのぼせ上って、宵に蚊いぶしに遣った、杉ッ葉の燃残りを取って、一人、その月へ投げつけたものがありました。
 もろいの、何の、ぼろぼろと朽木のようにその満月が崩れると、葉末の露と一つに成って、棟の勾配を辷り落ちて、消えたは可いが、ぽたりぽたり雫がし出した。頸と言わず、肩と言わず、降りかかって来ましたが、手を当てる、とべとりとして粘る。嗅いで試《み》ると、いや、貴僧《あなた》、悪甘い匂《におい》と言ったら。

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