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『夜叉ヶ池』 青空文庫
学円 ああ、うっかり泊りなぞお聞きなさらぬが可《い》い。言尻《ことばじり》に着いて、宿の御無心申さんとも限らんぞ。はははは、いや、串戯《じょうだん》じゃ。御心配には及ばんが、何と、その湯の尾峠の茶汲女は、今でも赤前垂じゃろうかね。
百合 山また山の峠の中に、嘘のようにもお思いなさいましょうが、まったくだと申します。
学円 谷の姫百合も緋色《ひいろ》に咲けば、何もそれに不思議はない。が、この通り、山ばかり、重《かさな》り累《かさな》る、あの、巓《いただき》を思うにつけて、……夕焼雲が、めらめらと巌《いわお》に焼込《やけこ》むようにも見える。こりゃ、赤前垂より、雪女郎で凄《すご》うても、中の河内が可《い》いかも分らん。何にしろ、暑い事じゃね。――やっとここで呼吸《いき》をついた。
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