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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 勝手を働く女房が、用事了うて襷を外し、前垂にて手を拭き/\、得衛の前へ丁《とん》と坐り、「お前様何《どう》なさる気だえ。「何《どう》するつて何を何《どう》する。と空とぼければ擦寄つて、「何をもないもんだよ。分別盛りの好い年をして、といふ顔色の尋常《たゞ》ならぬに得右衛門は打笑ひ、「其方《そなた》もいけ年を仕《つかまつ》つてやくな。といへば赫となり、「気楽な事をおつしやいますな。お前様《まへさん》見たやうな人を怪我にも妬く奴があるものか。「おや恐ろしい。何を左様《さう》がみ/\いふのだ。「あゝいふ婦人《をんな》を宅《うち》へ置いて何《どん》な懸合《かゝりあひ》にならうも知れませぬ。「其事なら放棄《うつちやッ》ときな、おれが方寸にある事だ。ちやんと飲込んでるよ。「だッてお前様、御主筋の落人ではあるまいし、世話を焼く事はござりませぬ。「お前こそ世話を焼きなさんな。「否《いゝえ》、あゝして置くと屹度庄屋様からお前を呼びに来て、手詰の応対、寅刻《なゝつ》を合図に首討つて渡せとなります。「其時は例の贋首さ。「人を馬鹿にしていらつしやるよ。「而《さう》して娘は居ず、さしづめ身代《みがはり》にお前さね。「飛《とん》でもない。「うんや喜こばつし。「何故喜ぶの。「はて、あの綺麗首の代りにたてば、お前んでも浮ばれるぜ。「えゝ悔しい。「悔しい事があるものか。首実検に入れ奉る。相変じてまッそのとほり、はゝゝゝゝ。「お前はなあ。「これ、古風なことをするな。呼吸《いき》が詰る、これさ。「鷄《とり》が鳴いても放しはしねえ。早く追ひ出してお了ひなさい。「水を打懸《ぶつか》けるぞ。「啖《くら》ひ附くぞ。「苦《あ》、痛、真個《ほんと》に啖《くひ》ついたな。此狂女《きちがひ》め、と振払ふ、むしやぶりつくを突飛ばす。がたぴしといふ物音は皿鉢飛んだ騒動《さわぎ》なり。

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