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しょにょにじゅーしちー。

「お久しぶりでございます、 様。」
「ん。花見以来? 久しぶりですねェ。」
 深々と頭を垂れるまつに対し軽く手を振る 。二人の遣り取りに政宗が呆れて溜息をついた。
「何を暢気に挨拶しているんだか……。」
 政宗の呟きに白虎が咽喉を鳴らす。
「まあそう言うな、挨拶は基本ぞ。それともヌシは挨拶も碌に出来ぬか。」
「そういう意味で言ってるんじゃ無ェ……っと、アンタには助けて貰ったな、Thanks。
「漸く言う気になったか、良い事だ。」
 咽喉を鳴らす白虎と会話する自分も相当暢気に見えるのだろうな、と政宗は思った。そしてなかなか立ち去らない白虎に訊ねる。
「俺を助けて未だ仕事があるのか? アンタたち四神が動き過ぎると の負担になるんじゃ無ェのか?」
「それは の願い次第じゃな。我等もそうそう人界に干渉はせぬ事になっておる。干渉は の願いに対してじゃ、人界そのものではない。」
 白虎はそう言うといきなり人形になり、政宗の首に腕を回して引き寄せた。突然の事でよろける様に白虎に倒れ掛かると首に腕を回したまま白虎が囁く。
「まぁ若し がぶっ倒れそうになったら、お前が気を補充してやりゃ良いだろ。やり方も判ってる事だし、な?」
「!?」
 ニヤニヤと笑う白虎の腕からもがいて逃げ出す。
 まさか神にまで冷やかされるとは思わなかった。焦る政宗に白虎が笑う。
「何を赤くなってるんだ、俺は背中を貸してやれば良いって言っただけだぜ〜?」
 嘘だ、と叫びたくなる政宗に白虎が追い討ちをかける。
「ま、今後火の側に近付く時は用心しろ。いきなり爆ぜて火傷とかしかねんぞ。」
 火と言えば朱雀の事だろう。妖艶な美女の姿しか知らないが、そういえば彼女は に甘々だった。
「人界に干渉しないんじゃ無いのか。」
「そうそう、って言ったろ。それに別に歴史の流れを左右するほどでもない、我等とて退屈しのぎは偶にするぞ。」
 聖獣の姿に戻りながら白虎が答える。以前も思ったが、彼等は の手伝いと称して退屈しのぎをしているのではないだろうか。そんな思いが頭の隅を過るが思った所でどうしようもない。「気をつける。」と言って話題を戻す。
「で? アンタが の手足となってあのデカブツをやってくれンのか?」
「いいや、それは我の仕事ではない。我は花を散らしに来ただけぞ。」
 ぎくりとして白虎を見やる。
 花を散らす、と言って思いつくのは先ず咲き誇っている桜だが、その他には人の命が譬えられる。特に女性の。まさかまつの事だろうか、と一瞬勘繰ったが即座に否定した。 の願いで動くのならばそれは無いだろう。とすると素直に桜だろうか。
 政宗の視線に気付いて白虎は軽く唸り声を上げた。
「心配せずとも人界の事は人間に任すぞ。そうれ、 が呼んでいる。」
 顔を上げると が手招きしていた。まつとの暢気な挨拶は終わったらしい。
 近付くと「何を暢気に話し込んでたの?」と逆に訊かれ、「なんでもない。」と政宗は呟いた。
「それなら別に良いけどさ。独眼竜、ボロボロの所悪いけど、まっちんのお相手宜しく〜。 は他に用がある。」
「アァン?! アンタが前田の嫁さんを相手にするんじゃ無ェのか?」
「他に用が有るんだってばさ。大体まっちん一人に二人がかりで攻撃するのも寝覚めが悪いじゃないですかさ〜。アナタ動く人、 お願いする人。そゆ訳で宜しく?」
 言うと は白虎の側に行き、首に手を回した。気の補充をしているらしい。未だ殆ど何もしていないのに気力を補充すると言うことはこれから何かするつもりなのだろう。
 諦めてまつの方を向くと、真っ直ぐに此方を見ていた。凛とした立ち姿も美しく政宗は思わず口笛を吹いた。
「やりにくいねぇ、全く。」
「美人さんだもんねー。」
 政宗の呟きに が背後から茶々を入れる。白虎にしがみ付いてだらけた姿が容易に想像出来て、政宗は思わず苦笑しながらまつとどう戦おうか考えた。
 上空ではまたポンと白煙が上りそれを合図にしたように止まっていた木騎がゆっくりと動き始めた。



  と政宗の二人がかりで勝負を仕掛けてくると思いきや、 の方はそうそうに木騎の上で座り込んでいた。遠目でも良く判るが、 の傍らに居るのは虎では無いだろうか。何故虎が、と思うと同時にその虎が先ほど空を飛んでいた事を思い出す。
「白き虎……まさか……。」
 東西南北を表す聖獣を思い出しまつは息を飲む。神の眷属を味方につけた相手と戦うのならば、此方は闇の眷属を味方につけねば勝てないのでは。だが闇と言って思い出すのは織田信長の姿。まつは思いを振り払うように頭を振った。
「いいえ、いけませぬ。闇に心を染めてはなりませぬ。私の旦那様を信じるのです。」
 まつにとっての光は利家だ。彼を信じて支える。彼の笑顔を曇らせてはならない。
 ゆっくりと動く木騎の上は揺れるものの足場は安定している。足を滑らせさえしなければ落ちる事は無いだろう。お互い離れているので接近戦にはならないだろう、鷹を呼ぶか。そう思った矢先に政宗が助走して跳んだ。
「ハッ!」
 凄まじい跳躍力で出雲の上に飛び移る。まさか、と油断していたまつだったが着地の勢いで政宗の体勢が崩れたのを見逃さず、即座に行動を起こす。
 居合いで斬りかかったが政宗も飛び退いて避ける。刀が瓦に撥ね返され、まつも飛び退き間合いを取る。幾ら腕に覚えがあるとはいえ男女の力の差は有る。鍔競り合いになったら力負けするのは目に見えているので、とにかく此処は相手の動きを読むしかない。
「やるねェ、アンタ。女にしておくのは惜しいって言いたい所だが、男にするのも惜しいな。」
 からかう様に政宗が言う。一体何を言いたいのか、と訝るまつだったがふと気付き赤くなる。遠まわしにまつを褒めているようだ
「お褒めいただき恐縮ですわ。ですが 様もそうではございませぬか。」
「アイツは良いんだ、アレで。」
「まぁ。」
 政宗の頬が若干赤くなったのに気付きまつは微笑んだ。
 何だか可愛らしい事。そんな風に思うが攻撃は容赦ない。お互い譲らず、刃を合わせてはまた引くを繰り返す。
 幾度目かの競り合いの後、木騎同士が再び近付いたのを見て政宗は元の木騎――朱点――に飛び移った。既にまつは肩で息をしてあと少しで力尽きるところだった。だが助かった、とは思えない。何か策があるのかと力なく立ち上がると、朱点の上で政宗は雷を身に帯びていた。瞬時に危険だと判断したまつは、鷹に呼びかける。
「行け! 鷹たちよ!」
「HellDragon!!」
 二人同時に固有技を放つ。真っ直ぐに走る稲妻が出雲へと向かったが、途中で鷹を数羽飲み込み勢いが殺がれた。それでも出雲に当たると、巨大な兵器はぐらりと揺れた。
「ま、まーつー!!」
 幸村と戦っていた利家は、木騎が揺れたのに慌てたが幸いまつは振り落とされなかったようだ。ホッとしつつも早くけりをつけなければ、と焦れる。利家の焦りはそのまま隙となり、幸村は見逃さず槍を揮った。
 一瞬の迷いが勝敗を分ける。幸村の槍はそのまま受けた利家の三叉槍を絡めとるようにして弾き飛ばし、利家がしまったと思う間もなく続く攻撃で幸村の二槍が利家の首を交差するように地面に刺さり、動きを封じる。
 少しでも動けば首が刎ねられる。戦である以上覚悟は何時でも出来ていた、仕方ない。そう思いつつも幸村の動きが無い事を不審に思う。
「刎ねないのか。」
 短く睨むように言うと、幸村は首を振った。
殿の流儀に従うのなら前田殿が背中を地に付け、動きを封じられた時点で既に首は刎ねたと見做されている。これ以上攻撃をしたら俺が 殿に怒られる。」
殿の流儀?」
から信書を貰っただろう。確か『運動会予定表及び規定』とかって表書きがして有った筈だが。」
 訊き返す利家を縛りながら元親が答える。それなら確かに忍びから受け取ったが、まさか、と思う。
 だが利家を縛り上げた後、何をするでもなく丘をゆっくりと回る様に動く木騎を眺める二人の姿に本気なのだと悟る。
  からの信書に書かれていたのは、今回の合戦が所謂普通のものとは違う、と言う事だった。 側が前田軍を攻撃する事は有っても命は絶対に取ることはしない、目的は木騎を壊す事と前田軍の攻撃弱体化。そう書かれた後に追加のように『まっちんのお弁当が食べたいな。』と書かれていた。
 読んだ時は何を馬鹿げた事を、と思った。だが の申し出の通りに兵には旗を獲り合う事を優先させる事にし、言われた通りに合図を送ってみた。そして彼方の巨大な要塞から打ち上げられた白煙とその後の兵たちの動きを見る限り、信書の内容が嘘ではない事が判る。そして 自身は物見遊山の様だ、と見上げる木騎の上にいる姿を見て思う。
 利家に言われ旗と陣地を獲り合う事に疑問を持っていた兵たちは既に取り押さえられて縛り上げられているものが多数いるが、中にはどういう訳か意気投合でもしたのか酒盛りをする集団もある。見る人間が見れば目を疑いたくなる様な光景だ。しかし が関わる事ならそれも有りなのかも知れない、と溜息をついた所で利家は幸村に訊ねた。
「それがしたちを殺さずして如何様にするつもりか、知っているのか。 殿の事は上様も存じ上げているが、合戦となれば多少の犠牲はつきものと思っている筈。我等前田軍、被害無しと聞けば上様はそれがしに謀反の心有りと思うか敵と通じていると思うか判らぬが、即刻断罪か事によると再びそなたたちと戦うことになるやもしれん。それは判っているのか?」
 利家の言葉に幸村と元親は顔を見合わせ、木騎を見上げ、再び顔を見合わせて溜息をついた。
「生憎と 殿が何を考えているのか俺たちには判らん。言えるのは前田殿が 殿に降ろうと降らなかろうと、『次』は無いという事であろうよ。」
「次の相手は織田信長ただ一人、田舎モンの出る幕じゃねェ。」
 二人の言葉に利家は目を丸くした。
 確かについ先日明智軍が山崎にて屈したという話は聞いている。ここで前田軍が敗れたとなれば信長の脇を固める軍が減る事になるが同盟を組んでいる国は未だある。それに前田軍が無事であると判れば信長は重用しないまでも布石として投じるであろう事は容易に想像できる。自身が戦う事は全く厭わないが、臣下にも同等以上の働きを要求するのが信長と言う男だ。一度敗れた身でのうのうと生きるならば死して役に立て、と言うだろう。それが判らぬ では無い筈だが、一体どうするつもりなのか。
 考えが判らない、と言う幸村たちの言葉に利家も頷くしかなく、動き回る木騎の上で戦うまつの身を案じる。一番安全だと信じた場所が一番危険な場所になってしまった。
 対峙するまつと政宗、それを見守る利家たちを余所に はと言えば白虎から気を貰うのは終わったのか、その背に跨り木騎の側面に移動していた。
殿は何を……?」
 真っ先に気付いた幸村が呟く。木騎の上に居る政宗とまつの二人はお互いを牽制しあうのに意識が集中し の行動には気付いていない様だ。
 何をするのだろう、と地上の三人が眺めていると は視線に気付いたのか軽く手を振りそのまま朱点の胴体付近に移動した。
 徐に愛用の筆を取り出すと、 は大きく木騎の胴体に円を描いた。両側面に三重丸を描いた所で続いて出雲に移動し、同じ様に円を描く。木騎の中に配置されている兵たちはいきなり空中に人間が現れた事に驚いて、右往左往して攻撃するどころではない。これ幸いと は木騎二機に大きな円――的――を描き終えた。
 その様子を見つめていた元親が思い切り顔を顰めて舌打ちする。
「チッ……何だってアイツ……いや、確かに以前そんな事を言ってたけどな。」
  の描いた円の中央はまさに木騎の弱点ともいえる場所だった。高さがあるだけにそうそう攻撃はされないだろう、と補強が他の場所に比べ僅かに弱い。若し威力の有る兵器で攻撃されたらあっという間に崩れ落ちる可能性も有る場所だ。
  に同盟国の盟主になる様に頼みに行った際、指先一つで石灯籠を壊した事を思い出す。あの時、彼女は『どんな者にも弱点が有る』と言っていた。大きさに関係無く、例えそれが巨大な城であろうと小さな小石であろうと同じ事。弱点を突けば呆気なく崩す事が出来る、と言っていたのは嘘では無いのだろう。
 的を描き終えた は白虎に跨りながら今まさに攻撃を再開しようと構えたまつと政宗、二人の間に割り込んだ。
「はいはい、ちょっと中断〜、と提案。」
What?」「 様?」
 いきなり割り込んだ の姿に驚き固まる二人を気にするでもなく、 は指先で其々の木騎につけられた円を指して言った。
「あの印、木騎の弱点なんだよね〜。なのでお互い其処に集中攻撃して先に相手の木騎を壊した方が勝ち、って事でどうでしょう?」
「ふざけるな。ここまで戦わせておいて今更ソレか。」
 政宗の言葉に は肩を竦めて「だっていい加減決着つけて花見がしたいんだよ、 は。」と悪びれる事無く言ってのけた。その言葉にまつは呆れたが、 が微かに悪戯っぽく笑ったのにも気がついた。政宗もそれに気付き溜息をつく。
 戦に託けて花見がしたいと言うのも本音だし、さっさと終わらせたいと言うのも本音だろう。そしてそれ以上に前田軍全軍を無条件に降伏させる事が の狙いだ。何か考えが有っての提案なのは判っていたので、二人とも刀を鞘に納めて頷いた。



 弱点を集中攻撃するのには飛び道具が一番だろう、とまつも政宗も真っ先に機関部に居る弓兵に向かって相手の木騎に描かれた的に攻撃を絞るように叫んだ。
「弓兵、的に向かって撃て!」
 一斉に放たれる矢は一直線に木騎に襲い掛かる。動く的とは言え元が巨大な為狙いはつけ易い。だが距離がある分どうしても届かない矢も数多く、届いた矢も巨大すぎる的に対して余りにも弱々しい。幾ら弱点とは言え倒す為にはかなりの時間がかかるだろう。
 火矢を使うか、と思いついたものの即座に却下する。機関室は油に塗れている。もし間違って火矢を打ち損ないでもしたらあっと言う間に燃えて崩れる可能性もある。やはりここは自らの手で狙うしかないだろう、と考える。
「鷹たちは……大丈夫かしら。」
 まつの呟きに弱い声で鷹が返事をする。先程何羽かが政宗の攻撃に撃ち落とされたが、まつの元に戻ってきている。電撃によって傷は負っていたが深くはない。もう一度だけなら攻撃できるだろう。いや、やらねば此方がやられる。まつは決心すると再度木騎の屋根に向かった。
 一方で政宗も屋根にいた。どう考えても巨大な木騎に弓矢攻撃では埒があかない。どうしようかと考えていると、白虎に跨ったままだった が後ろから近付いて政宗に言った。
「HellDragonで的を狙えば良いと思うよ。溜め攻撃、出来るよね?」
「…前田の嫁さんはどうするんだ。」
「その辺のフォローはするから。」
  の言葉に政宗も頷いた。
 まつとやりあっていた時は彼女が受け流すだろう、と言う事と巨大な兵器に対して然程効かないだろうと言う思いもありHELLDRAGONで攻撃もしていたが、弱点に狙いをつけて思い切り攻撃を放てば即座に崩れるかも知れない。犠牲を出さないように、と言われてHellDragonを使う事は最後の手段にしようと思っていたのだが、 がフォローすると言うのなら構うことはない。気になっていたのは木騎が崩れた際に中にいる兵たちやまつが巻き込まれるのではないか、と言う事であってその心配が無いのならば思い切り良く攻撃出来ると言うものだ。
「しかしアンタもえげつないな。何だかんだ言って絶対に勝てる戦しかやらねェじゃないか。」
「勝ってナンボ、じゃないですかさ。一人ならともかく一人じゃないなら勝たないとね。」
Surely。
 軽口を叩いて笑うが、視線は真っ直ぐ的を見据える。
 揺れる木騎の上で政宗が狙いを定めている目端にまつの姿が入る。まつの方も政宗が攻撃態勢でいるのを確認し、慌てて鷹たちに声をかける。今度は電撃に巻き込まれないように、弧を描くように飛ぶように、と指示を出す。
「虎伯、お願い。」
「承知した。」
  の言葉に白虎が頷き吠える。それが合図のように、政宗とまつお互いが相手の木騎に向かって攻撃を放った。



 尾張に前田軍全滅の報せが入ったのは二日後の事だった。
 初めに聞いたときは信じられない話だったが、次々と送られる報告に信じざるを得なくなる。
「まさか……前田夫婦が……?」
 濃姫の呟きに信長の眉がピクリと動く。
「ちえーっ、何だよ二人ともだらしないのー! …ま、まつの作るお菓子が食べられないのは痛いけどさ……。」
 莫迦にしたような口ぶりであったものの、蘭丸の表情には動揺が見られた。
 表情一つ変えない信長に、柴田勝家は報告のまとめをする。
「前田軍、未明よりの謎の軍の攻撃により壊滅状態。姉川全域が戦場と化し、一日中大筒の音が鳴り止まずその音と震動は二里・三里はおろか千里にも響く凄まじさとの事です。全土焦土となり前田軍総大将利家殿とその妻まつ殿は果敢に応戦しつつも、前田軍最新兵器が崩壊した折に巻き込まれて行方不明との事でございます。」
「最新兵器……犬千代が土佐の蝙蝠から大金をはたいて手に入れたとかいうカラクリの事だな。」
「左様で。」
 信長の言葉に勝家が同意し、米神に青筋が立っているのを見て首を窄ませながらそそくさと退室した。
 その後姿を見ながら信長は苦々しい思いで二日前の事に思いをはせる。
 勝家の言葉は決して大げさではない。二日前、ほぼ一日中にわたり美濃でも微かに低い震動が感じられた。遠い姉川での砲撃が尾張でも感じられるとなればかなりの激戦だったのだろう。即座に全国に何が起こったのか密偵を放ち、その答が前田軍全滅だ。
 謎の軍に前田軍が手も足も出なかった、と言う報告は既に織田軍全軍に知れ渡っている。誰もがおしどり夫婦であり、人柄の良い前田夫婦が行方不明になった事を嘆き悲しんだが、『謎の軍』に報復をしようと言う者は少なかった。何しろ突然の事で何処の軍か判らないと言う事もひとつ、そして一日で前田の領地を焦土と化すような武器を持つ軍と戦いたくは無いと言う思いもある。消極的になるのも無理は無い。
 奥歯をギリギリと噛み締めつつ、信長は唸った。
め……やりおったな……。」



 利家の目に映ったのは、政宗の攻撃を受けて次々と落ちる鷹たちと崩れていく木騎、そしてその上からゆっくりと落下していく愛妻まつの姿だった。木騎の中からは弓兵や機関士たちが次々と飛び降りて上から落下してくる機械の部品にワラワラと逃げ惑う。
 幸村と元親も呆気なく崩れる木騎を声も無く見つめていると利家が雄叫びを上げた。
「うおおおおお、まつ、まつ、まつーー!! 貴様等良くもそれがしの妻をッ!! な、何が命は取らないだっ! まつを返せ、それがしの妻を返せっ!!」
 立ち上がったと同時にゆるく縛り上げていた縄が解けて自由の身になると、利家は手近にいた幸村の襟に手をかけ殴りつけようとした。そんな利家を元親が羽交い絞めして止める。
「落ち着け、よく見やがれ! この田舎モン!!」
「何だと……?!」
 激昂した利家はそれでも言われた通りに崩れきった木騎に目を走らせる。するとそれまで木騎の機関部が有った部分に、何かが浮いているのに気がついた。
「ま、まつ!!」
 白い虎の背にまつが気を失っているのかグッタリとして居るのが見える。利家の叫びに気がついたのか、虎は利家たちを一瞥すると空を蹴り彼等の元に降り立つ。
「と、虎殿。前田の御細君は御無事か?」
 幸村が声をかけると、白虎は咽喉の奥で唸り声を上げた。それが合図になったのかまつがゆっくりと目を開けて辺りを見回し、利家の姿を見つけて即座に駆け寄る。
「ま、まつ! 無事か。」
「はい、犬千代様。木騎より落ちて地面に叩きつけられる寸前に白虎殿に助けていただきました。犬千代様もご無事で何よりでございまする。」
 良かったと抱き合う二人から顔を赤くして目を逸らす幸村と元親に白虎が声をかける。
「確かに届けたぞ、我は未だ仕事が残っておる。」
「おい、仕事って何だ?」
「見れば判る。」
 言い捨てて白虎が姿を消す。
 訳も判らず木騎、朱点に目を走らせると丁度政宗が上から飛び降りたのか、地面に立ち上に向かって何か叫んでいた。時折風に乗って聞こえるのは聞き慣れない言葉なので多分異国語なのだろう。四人の姿に気付いた政宗が走り寄る。
「何を叫んでいたのでござるか。」
「蹴り落とされたんで文句を言ってた。」
「け、蹴り落とされ?? 木騎の上から?」
 むっつりと頷く政宗は腕組みをしつつ朱点に立つ の姿を眺めた。
 崩れていく前田軍の木騎、出雲の上から落ちて行くまつの姿にしまったと思った政宗だったが、ほぼ同時に白虎が彼女の姿を捉えて背に乗せるのを確認して胸を撫で下ろす。
 出来る限りの力を込めて放ったHellDragonが上手く当たり、木騎が崩壊したのは良かったがその分体力も消耗した。肩で息をする政宗の後ろからパチパチと拍手が聞こえ、 が声をかける。
「お疲れ様〜。んじゃ早速で悪いけど、下で待ってて貰える?  は最後の仕上げをするからさ。」
「下? アンタが何をするのか此処で見てちゃ拙いのか。」
「大して面白い事はしないよ。下でご覧あそばせ!」
 言うなり は政宗の背中を蹴った。いきなり蹴られて踏ん張りも出来ず、政宗は木騎から落ちる羽目となったが、落下途中で何とか体勢を整えて勢いも殺げた為に無事着地出来た。腹立ち紛れに に向かって罵声を浴びせたが、届かないのか気にしないのか、返事は無かった。
「乱暴な事をするな。」
 笑いを含んだ白虎の言葉に は肩を竦めた。
「合戦中は丈夫だモン。多少の乱暴は大目に見て欲しいな。……さて。」
 目を閉じて深呼吸をする。

 我が愛する世界に告げる、我が名は

 低く が呟くとその言葉に白虎が反応して淡く発光する。
 下からは木騎の上で何が行われているか判らないが、いきなり上が明るくなった、と思った途端に輝く白虎が空を翔けた。それと同時に大地が揺れ、風が巻き起こり戦場全体に吹き荒れる。疾風の如く空を駆け巡る白虎の後ろでは桜の花弁が飛ばされ空を舞い、空高く舞い上がっていた。
 空は桜の花弁で一面覆い尽くされ、空の青と桜色とで薄紫に染まる。白虎の起こす風の流れに乗って宙を舞う花弁は落ちる事無く何時までも空で踊り続け、下からその様子を見上げる両軍の兵たちは口を開けて眺めていた。
 そんな中、突然大きな振動と砲撃の音が鳴り響く。富嶽からの砲撃と直ぐに気付いた元親は、続く筈の地響きと爆発音が無い事に疑問を抱くが、その直後思ってもいない場所から爆発音が鳴り響いた。
「こりゃ……凄ェ……。」
 薄紫の空に、大輪の花が咲いた。
 低く腹に響く様な震動と音が周囲を揺らし、その一瞬後に大輪の光の花が咲く。一発、二発と打ち上げられるのは が土佐で突貫工事で作らせた打ち上げ花火だった。今それが打ち上げられている。
 富嶽から打ち上げられた花火を見た は、呆れながら呟いた。
「危険な事するなぁ……罷り間違ったら暴発するじゃん。」
 勿論 がそれに気付かない筈が無い。移動中もずっと眠そうだった が恐らく予定外に爆発しないように何かお願いしていたのだろう、と考え溜息をつく。
 幾つか花火を打ち上げそれを観賞してから の元に向かった。敵兵は未だ残っているが、殆どが初めて見る打ち上げ花火に目を奪われている。 たちに気付いたとしても、佐助が即座に対応するので は真っ直ぐ向かえば良いだけだ。
 急ぐ途中、奇妙な事に気が付く。
 空砲ばかりだった筈なのに、行く先々で何故か地面に大穴が開いている。まるで砲撃が直撃したようで不思議に思うが、それ以上に不思議なのが制圧した旗の立つ防衛拠点の周りは無事である事だ。空砲ではなく実弾だったとしたら地面に穴が開いているのはおかしくないが、拠点の周りだけ無事と言うのは変だ。
 疑問に思いつつも目的地に辿り着くと、此方でもやはり声も無く空を見上げていた。
  の姿に気付いた幸村が問う様に佐助に目を走らせると、佐助は両手を広げながら肩を竦めた。
「前線まで連れて来るとは危険ではないのか。きちんと 殿をお守りしたか。」
「大丈夫だって、ちゃんと俺様が守ってるから。それに見て判るでしょ? 誰も俺たちの事は気にしてないって。み〜んな空を眺めてるよ。」
 小声で佐助を咎める幸村に佐助も反論する。佐助の言う通り誰しもが空を見上げているので幸村も頷いて空を見る。上空では未だ桜が舞い踊り、色とりどりの火の花が咲いている。
ちゃぁん! 残り幾つだった?」
 突然木騎の上から に訊ねる。『何が』と言う事抜きに訊ねる は判っている様で直ぐに答える。
「出る時に8、移動中に5発だったから多分3!」
「オッケー。それが終わったら仕上玉だねっ!」
 言うなりまた姿が見えなくなった、と思う間も無く白虎に跨って空に上る姿が見えた。
「最後の仕上げ、宜しくね。」
 にっこりと笑って白虎に言うと、 は手に持っていた壷から今まで散々撒き散らしていた金と米と空一杯にぶちまけた。落下する金は途中で風に巻き上げられて空中に留まり続け、その間に は再び木騎に戻る。
 最後の仕上げ、と は期待していた最後の玉が打ち上げられる音に耳を傾けて白虎に合図を送った。空中で舞い踊っていた花弁は、白虎の動きに合わせて空高く舞い上がると空一面を覆い尽くす様に広がり、其処に最後の花火が打ち上げられる。
 かなり長い余韻を残し、一拍置いてから特大の花火が円を描いた。キラキラと火花と共に桜の花弁と撒き散らした金と米も落ちていく。ゆっくりと落ちていく花弁に見とれている内にいつしか空は元通りの穏やかな青になっていた。
「さー、ちょっと遅いけどお弁当食べよう!」
 気がつけば が晴れやかな顔で笑っていた。

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花火を初めて見たのは徳川家康だそうですね。当時の花火は色は無くて、黄色だかオレンジだかの火花が出るだけだったようです。
主人公、危険物取扱の免許でも持っているのだろうか(笑)
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これから花見突入です。でも花散らしてるよ、何処見るんだ。
本文中の『金』の大きさは大体米粒と同じくらいと思って下さい。