≪BACKMENUNEXT≫

しょにょにじゅーろくー。

 花霞の向こうで何やら建造物が出来上がって行くのが見える。
 見た事のあるその形状に、前田利家は溜息をついた。
「木騎か……。我が軍の出雲と同じ性能か……いや、それ以上か?」
 移動要塞木騎の名前に、陣内がざわめく。木騎と言えば四国・長曾我部軍が誇る最新兵器。前田軍も伝手を辿り手に入れたは良いものの、その値段に一時財政が逼迫した。その時の事を思い出し、利家はぶるりと身体を震わせた。
「犬千代様……。」
「まつ、大丈夫だ。我ら前田軍、負ける訳には参らん。たとえ相手に軍神・戦神揃っていようと負けるは恥。信長様にあわせる顔も無い。必ず勝ぁつ!」
 奮い立たせる様に叫ぶと、おお、と家臣が応じる。だが頭上から冷やかすような声が落ちた。
「さ〜て、それはどうかな?」
「何奴!?」
 利家が見上げると、木の枝に器用に足を掛けて逆さにぶら下がる男。忍びか、と気付き槍を構えたものの頭上高い位置にいるので届かない。矢か鉄砲でも、と思っていると男はくるりと半回転して利家の前に降り立った。
「さ〜てさて。俺様が誰かって言うのは措いといて、これを渡しに来たんだよね。」
 ゴソゴソと懐から書状を取り出し利家に渡す。思わず受け取ってしまったが、ただの伝令とも思えず続く言葉を待つと男は頬を掻きつつ苦笑して説明した。
「それ、ね?  サンからの何て言ったかな〜? 招待状? いや、違うな。とにかくまぁ見れば判るからさ、よ〜っく読んで態勢を整えてくれる? それじゃ俺様これにて然らば御免!」
「ま、待て?!」
 呼び止める間もなく、忍びは姿を消した。
 呆気に取られたものの『 から』との言葉が気にかかり渡された書状を慌てて広げて内容を確認する。しかし読み進めるにつれ、利家の表情に戸惑いが表れる。
「犬千代様、如何なさいましたか。」
 心配になり訊ねるまつに、利家は首を捻りながら からの書状を渡した。
 どんな事が書かれているのか、と恐る恐る読み進めるまつも利家同様眉を顰めて戸惑いながら呟く。
「どういう意味でござりましょうか? うんど……??」
「判らぬ、だが 殿の事。我等になにがしかの機会を与えようと提案して来たのやも知れぬ。ならば受けねば前田家の名折れ。」
 きりり、と彼方に見える木騎を睨み利家は叫んだ。
「我が軍、出雲用意! 各部隊は備えを確認せよ! まつは弁当の用意!」



 ストン、と甲板に降り立った佐助に気がつき が真っ先に声を掛けた。
「猿ちゃんお疲れー。まっちんと又やんに渡してくれた?」
「渡したよ。な〜んか戸惑ってたみたいだけど、何が書いてあったの?」
「それはこれから説明するよ。まぁ猿ちゃんの今回のお仕事はこれで終わりだから。花見でもしてのんびりして下さいな。」
「えっ、本当?」
「自主的に手伝う分には吝かでない。」
「……あ、っそ。」
 澄ました顔で言う に佐助は肩を竦めた。要するにのんびりしていても構わないが、手伝えるのなら手伝え、と言う事だ。佐助は思わず「忍び使いが荒いんだからさー。」と小さく呟いた。
 佐助は たちが四国に向かった際、政宗にその旨伝える為に奥州へ向かいそれから信玄に報告を済ませ、姉川に向かった。着いたのは たちが上陸して直ぐだったが、佐助の姿を発見するやいなや は船内で用意していた書状を渡して利家に渡すようにお願いした。休む間は有ったが、なんだか扱き使われているなあと溜息をつく佐助だが、 が心配そうに見ているのに気付きへらりと笑って手を振った。
「佐助さん、疲れているみたいですね。」
 手を振り返しながら が呟く。脇で聞いていた幸村もそれには気付いたが主に心配されるようでは立つ瀬が無いだろうと敢えて無視する。それよりも の『説明』の方が気にかかる。
 当の は船縁に腰掛け、作業がほぼ終わった事を確認すると持っていた紙を丸めて口に当てた。
「あーっ、テスッ、テスッ。ただ今マイクのテスト中〜。」
「?」
 いきなり船上から降り注ぐような声に驚き、兵たちの作業の手が止まる。かなり広範囲に声が届いているのを確認して は再び丸めた紙を口元に持っていった。拡声器が無いので紙で簡易メガホンを作ったのだが、結構使えるようだ。「何処にマイクがあるんだ。」と言う のツッコミは無視する。
 自分に視線が集まっているのを確認して、 は徐に話し出した。
「ただ今より〜、長曾我部連合軍対前田家御家中による春季大運動会を始めたいと思いまーす。体力勝負なので、自軍有利に導くよう頑張ってください。」
 ざわざわと長曾我部軍の兵から戸惑う声が聞こえる。それはそうだろう、と脇で聞いていた は溜息をついた。いきなり何の説明もなく『運動会』はあんまりだ。一緒に甲板にいる幸村や佐助、元親に政宗も聞いた事の無い単語に戸惑いを隠さない。
 だが も説明不足は承知しているのか、咳払いをしてから話を続ける。曰く、何時も通りに死者の出ない合戦をやるだけだ、との言葉に頷く一同。その他に色々と細かい取り決めがあるらしく は説明を続ける。
「どういう戦い方をしても結構ですが、くれぐれも生命大事にお願いします。双方合図と共に移動して自軍の陣地を広げ、尚且つ木騎を動かして相手方の木騎を壊す事が出来れば勝ちでーす。」
「合図?」
「何の為の要塞富嶽?」
 ニヤリと笑って は振り返るとちょいちょいと指差して元親を呼ぶ。
 今回は長曾我部軍が中心なので、総大将元親の言葉でもかけさせるのか、と思っていると は元親の脇に立って再度叫んだ。
「今回は合戦ではなく運動会ですから、自軍敵軍問わず重傷者を出さないようにしてくださーい。もし万が一重傷者が出た場合、その都度 がアナタ方のアニキにお仕置きしま〜す!」
「おいこらっ!」「はあっ?」「Ha!
  の言葉に元親が慌てる。浜では元親を慕う兵たちがざわめきつつ の説明を待つ。
「おいゴルァ聞いてないぞ。お仕置きって何だよ?」
「言ってないもん、聞ける訳が無い。…そうだなー、モニーさんが何でだか沢山晴れ着を送って寄越すからそれ着て姫若子ちゃんになってみるとか?」
 鬼庭延元が送って寄越す大量の晴れ着は、屋敷でからかいのネタになっているのだがそれを逆手にとっての発言に、元親は呆れてものも言えなかった。 はそんな元親を気にせず指折りしながら続けて言う。
「姫親さんの腹筋に目鼻口描いて腹踊りして貰うとかー、脇腹擽り続けるとかー、えーと後は……思いつかないな。」
 ぶつぶつ呟く に、元親は大袈裟に溜息をついた。どうやら思いつきで言っているらしく内容はお仕置きと言うより嫌がらせや悪戯に近い。
 やれやれと思っている所へ、 がポンと手を打った。
を一日背負ってるとか! 良いな、楽で!」
「いい加減にしなさいっ!」
  の頭を叩くと、周囲から拍手が起きる。元親は「俺は別に……。」と呟いたが『構わない』と言う前に政宗たちに邪魔をされた。
 浜に居る兵たちは甲板でのやりとりが聞こえなかったが、自分たちのアニキに大変な事が起きそうだ、と士気を奮わせ一致団結した所へ前田軍本陣の方から法螺貝が鳴り響いてきた。
 音に気付いた は、利家たちの準備が整った合図だと一同に知らせる。
「それじゃコッチも開始の合図をしましょうか。…富嶽、用ー意!」
 地鳴りと共に青天に白い巨大な煙が打ち上げられた。ポン、ポポン、と軽い音が辺りに響き、それを合図として双方の軍が進み始め、移動要塞木騎がゆっくりと移動を始めた。



 巨大な兵器の中で、 は物珍しそうに辺りを見回し、下界に広がる満開の桜を楽しんだ。
「宜しいのですか、父上たちと一緒にいらっしゃらなくて。」
 木騎を操縦する信親が訊ねる。
「ああ、 は今回高みの見物でもしようかと思って。と言うか、足手まといになるからね。」
 下で行われている事から目を離さず、 が答える。
 先日山崎で走っている時に思い知ったのだ。とかく戦国武将と現代人の体力差を甘く見てはいけない。例え自分にある程度以上の能力を与えられていたとしても、元々の能力に差があり過ぎる。彼等が軽く走っていくのを必死になって追いかけていくのは結構辛かった。だがそう言って走る速度を落とさせるほど甘えたくは無かったし、そのせいで負担になるのも厭だった。だから今回は他にも理由は有ったが、最初から高みの見物と洒落こむと宣言していた。
「それにしても遅いね、コレ。」
 ポツリと呟く に信親は苦笑しつつ頷いた。
「何しろ巨大ですから。初めて造った頃は、動く事すら儘ならず何機か試作機をお釈迦にして漸く出来たものです。開発費も相当かかりました。」
「だろうね。だから『男の玩具』って言ったんだよ、夢溢れる男のロマン…冒険的情熱ってのも良いけどさ。付き合わされる方はたまったものじゃない。」
 批判的な言い方に信親が驚いた様に を見つめる。膝の上に顎を乗せて外を見つめる の表情は、何を考えているのか判らず信親は素直に訊ねた。
「意外ですね。 殿はこういったものはお好きかと思ったのですが。」
「嫌いじゃないよ、お察しの通り結構好きさ。ただ現実的に考えれば非難されて然るべきだろうな、と思っただけ。…で、どうなの?」
 悪戯っぽく訊き返す に、別に非難していたのではないと判り、信親もホッとして答えた。
「仰る通り、開発当初は相当の批判がありました。ですが父上の夢の大きさの方が勝りました。今では領民含め皆父上に心酔しています。見て判るでしょう?」
「大海原に漕ぎ出す船に、自ら進んで乗ったって事だね。まぁ巻き込まれたんじゃないなら、良いんじゃないの? 漕ぐ先に待っているのが荒波でも新世界でも、望んで始めた事だもんね。」
 僅かに微笑みながら が呟く。その姿が元親から聞いていた人物像とかけ離れた風情なのを信親は不思議に思う。もっと破天荒な人物かと思っていたが、意外と穏やかで真摯だ。
殿の望みは何ですか? 天下統一は父上から勧められたと聞いています。それが、 殿の望みですか?」
 ずっと訊いてみたかった事を口にする。天下を手にする事を元親はずっと夢見ていた。それがある時突然、天下統一は他の人間に任せ自分はその手伝いをすると言い出した。いきなりな発言に動揺はしたものの、その相手が嘗てザビー教を封じる為に手伝ってくれた人物で、しかも島津・毛利との三国同盟の立役者の上、甲斐・奥州同盟にも関わっている人物となれば話は変わる。会ってみれば自分より幾つか年上なだけの少年のような少女で戸惑いもしたものの、元親の選んだ相手に間違いは無いだろうと思っていた。だがそれでも、何故彼女が天下を目指すのか、その理由は知らされていないので一度聞いてみたいと思っていたのだ。
 信親の質問に は目を丸くしたが、暫くの沈黙の後答えた。
「天下統一は の望む夢では無いな。だから全てが終わったら、天下人は誰かに託すと決めているよ。それは聞いている?」
「うっすらとは。では何故望まぬ事に手を出したのですか?」
「その方が手っ取り早く家に帰れるから、と言ってはある。」
  の返事に信親はまさか、と言いかけ含みのある言葉に気付き続く言葉を待つ。反論されない事に気付いた は軽く笑って静かに続けた。
の本当の望みはね、天下じゃないんだ。独眼竜とか虎さんや姫親さんには言ってあるけどさ、皆が手を取り合って仲良くしていられる、そんな世界が見たいなぁって言うのが本当の願い。教祖様も魔王殿も、軍神も農民も、それこそ全ての人が笑っていられる世界が見たい。それは別に が天下を取らなくても見られる筈なんだ、皆がそう望めばね。」
「…大きな夢ですね。父上を非難出来ませんよ。」
「かもね。」
 穏やかに笑う に、信親も微笑みかける。
 平和な世にしたいと願うのは誰しも同じだ。 のやり方が最善だとは思った事は無いが、彼女の夢には共感できる。本当に の言うとおりの世界が見られれば良いと信親は思う。当の はそれきり外の景色から目を離さず、何を考えているかは判らないがしっかりと先を見据えているのは感じられる。何が起こるか判らない世の中で、幾つもの『先』を見ているのだろう。いつか元親が『頼もしい奴』と言った事が有るが、確かにそうだと信親は内心で頷いた。



 政宗が振り返ると元親自慢の移動要塞は遥か後方をゆっくりと進んでいた。
「遅いな。」
 思わず呟くと、元親も気付いて舌打ちした。
「改良の余地有り、だな。ありゃあ。もちっと早く移動出来る様にしねぇと、最初は度肝を抜かれて尻込みしても慣れたら袋叩きだ。」
「あれだけBigだとそうそう壊れるって事は無いだろうが、あの遅さは致命的だな。」
 それぞれ好き勝手に木騎の問題点を論うが、走るのは止めない。前方には幸村が二槍を手に驀進していた。元気な奴だ、と猪突猛進に呆れていいのか感心した方がいいのか迷っていると、幸村の斜め前方から前田軍の兵士が飛び出して来た。
 手にした槍で攻撃を受け流し、あっさりと何人かを倒すと幸村は名乗りを上げた。
「我こそは真田源二郎幸村! かかりたい者は正々堂々参られよ!」
 二槍を構える若武者が武田軍きっての勇将であると知り、幾人かが後退りする。踏みとどまる兵も、構える武器が震えて躊躇いが見え隠れする。
 幸村を遠巻きに囲む前田軍兵士たちの後ろから、追いついた政宗が怒鳴る。
Hey! Backがお留守だぜ!!」
 言うなり手近の兵の胴を思い切り打つ。抜刀はしていないが、衝撃で吹っ飛んだ兵はそのまま気絶したのか動かなくなった。
 新手が現われた事で兵たちは逃げ惑う者が多くなり、端から捕まえては縛り上げて一つ所に纏めると、元親が遥か後方にいる長曾我部軍の兵に指示を出した。
「てめぇら、この場は獲った! しっかり守れよ!」
「わかりやした、アニキー!」
 捕まえた兵たちを囲むように長曾我部軍の兵が旗印を持ってその場を守る。それを確認した元親等は先を急いだ。
 今回は の言う『運動会』と言う事で、何時もと若干違う事が幾つかある。
 戦い方はいつも通りの怪我人を少なく、と言うものだがそれに加え敵の拠点を制したら自陣として旗を立てる事になっている。敵兵の多い場所も同様で、進めば進むほど味方兵は少なくなるが、それは前田軍も同様だ。因みに旗を奪われたらその場は敵の手に落ちた事になるので、奪われない事が必須だ。一点違うところが有るとすれば、前田軍の兵たちは此方の命を奪う事に躊躇いが無い所か。合戦である以上それは止むを得ないとはいえ、状況としては厳しいだろう。しかし先陣をきるのが元親、政宗、幸村の三人なので其処は何とか凌いでいる。
 後に続く『子分たち』に旗を守らせ、目的地へと急いでいるが途中で二手に道が分かれた。
  からは予め右の道に進めば広い場所に出られるので、其処が決戦の場になるだろうとは言われている。だが、左に繋がる道も敵兵が沢山いる筈なので、そちらも攻略しない事には背後から回りこまれてしまったら終わりだ、とも言われているので三人は相談して二手に分かれる事にした。
 敵兵の多い左を元親が進み、それを見送り右の道を進む幸村が政宗に話しかけた。
「元親殿に負担が多くは無いだろうか。」
「アァン? 他人の心配より自分の心配、だろうが。アッチは子分どもが付いているんだ、大丈夫だろう。」
 先を進む元親の後ろには彼を慕う兵たちが付いて行っている。政宗たちには、旗を立てて守る為の最小限の人数しかいないので、彼等を守りつつ陣取りをしなくてはいけないので寧ろ此方の方が大変だろう。
 そう指摘すると幸村も頷いた。
 前方で行く手を阻む盾兵の向こうには多数の弓兵が待ち構えている。矢を番えては放つ繰り返しで、途切れることの無い攻撃に前進もままならない。撥ね返して進んではいるが、やがて焦れた政宗がHELLDRAGONを放った。
「政宗殿!!」
 蒼い電撃が脇を通り抜けた直後、前方の兵が次々倒れるのを見て幸村が咎めるように叫んだ。だが政宗は意に介さず二撃目を放った後、幸村に叫んだ。
「心配すんな、軽く痺れているだけだ! 刀背打ちと思えば良い!」
 言われて幸村が確認すると、衣服に多少焦げ付きはあったものの命に別状は無いらしい。ホッとして道に並ぶように倒れる兵を一つところに集めて縛り上げる。追ってきた元親の兵たちに旗を持たせて更に進むと、今度は堀に浮かべられた木道が現れた。
 細い木道にはやはり弓兵が待ち構えていたものの、揺れる水上の木道だからか足下が覚束無い様で射る矢に勢いが無い。好機と見た幸村が槍を地面に刺し、その反動を利用して宙を舞うように木道を一気に跳び越した。ヒュウ、と政宗が口笛を吹く間に幸村はあっという間に防衛隊長を蹴散らして新たに陣を手に入れる。
「やりましたぞ、政宗殿!」
「やるねェ、俺も負けていられないか。」
 嬉しげに叫ぶ幸村に政宗が苦笑しつつ答える。
 一度状況確認を、と顔を上げると後方に余り進んだ様子の無い木騎が居た。左方の対岸からは騒々しい音が聞こえている。元親が頑張っているのだな、と思いつつもそれよりも政宗たちが気になるのは開始の合図をして以来、砲撃を止めない富嶽だ。空砲だし間隔も開いているので被害は無いがとにかく音が凄い。周囲何里にも響き渡っている事だろう。
 船上で が突貫工事宜しく長曾我部軍の爆弾班に作らせていたものはこれだったか、と納得しつつも何故大袈裟に音だけ響かせるのか疑問に思う。大きな音の合間合間に拍子抜けするような軽い音が響くのも気になる。何かキラキラと光るものがその度毎に落ちてくるのだが、軽いのか風に煽られ地表に着く前に何処かへ飛んでいってしまうので、それが何なのか確認出来ない。それだけが気になる事だな、と政宗は再度先へと進んだ。



 要塞富嶽の『試作品』とは言えかなり巨大な建造物を良くもまぁ短時間に作れたものだ、と は感心しつつ遠くに目をこらした。
「何か気になることでもある?」
 佐助が訊ねたが は首を振った。
はどうしてるかな、と思っただけです。…あの移動要塞って乗り物酔いしないのかな……。」
 船酔いする人間が果たしてあんなバランスの悪そうな物に乗って移動して大丈夫なのだろうか。そんな心配をしつつ は残りの弾数を数えた。
 初め富嶽が砲撃を始めた時、何の前触れも無く攻撃するのかと驚いたが空砲だと知りホッとする。流石に常日頃誰も死なせない、と聞かされているのでそちらの心配はしなかったが万が一、と言う事も有る。現実世界の妹ならば多少は考えている事が判るが、異世界での は何を考えているのかさっぱり見当がつかない。
 遠くに見える木騎は着実に進み、時折何かキラキラしたものが胴体から投げられている。富嶽からも同様のものが打ち上げられていて、それが何かは は知らされていたものの、理由は知らされていない。どうするつもりなのか、と難しい顔をしていると佐助が再度声を掛けた。
ちゃん、気楽にしてなよ。あんまりね、心配したってもう始まってるんだ。 サンに任せておきなよ。」
「それは判ってますけどやっぱり心配しちゃうんですよ。まぁ は本当に遊びに来てるみたいですけど……。」
 佐助の励ましに が苦笑して答えたと同時に、富嶽が再度空砲を撃った。とてつもなく大きな音に思わず耳を押さえたが、砲射台では元親の部下と鬼庭良直がそれに負けじと叫んでいた。
「ジィさんすっこんでろよ! 俺たちに任せとけば良いんだって!」
「何を言うか、今のは左に三度ずれていた。言った通りではないか!」
「良いんだって、空砲なんだから少しくらいずれていたって構やしねぇよ。」
「そのような心がけでいざと言う時役に立てるものか!」
 言い合いはしているものの、険悪では無い。何だか口喧しい祖父に仕事を教えてもらっている孫の様だ、と思いつつ は再び遠くに霞む木騎を見つめた。
の視線に気付いた佐助は木騎と富嶽を交互に見てそれから空を舞う光を指差す。
サンが何をばら撒いているのか知ってるの?」
「米と金です。」
「き……?! え?」
 短く答えた に驚いて訊き返すが、 自身物は知っていても撒く理由が判らないので説明出来ない。詳しくは終わった後に が説明するだろう、とだけ言うと佐助も不承不承ながら頷いた。
 米と金の入手経路について質問した時、 は「経験値。」と答えていた。このゲームをプレイした事の無い は最初意味が判らなかったが、 の説明に納得した。
 ゲームでは合戦の勝敗が決まった後に行われる合戦見分で、経験値や固有技が増えていくのだが、 にもそれは該当していた様だ。合戦とは言えないものの、各地の武将と同盟を組んだり配下にしたりした時点で勝敗が決定し経験値代わりの米が支給――この場合何処からとも無く献上されると言った方が良いかもしれない――される。道理で屋敷に米俵が溢れていた訳だ、と は納得したが、それなら金は、と訊くと此方はどうやら政宗に、と言うより鬼庭延元にお願いして金に交換してもらった様だ。最北端一揆衆に対して米の供出をするに辺り、米が不足しそうになった事も有り延元は二つ返事で引き受けた。何より が大特価で売ってくれたのが効いた。
「本当はタダで渡しても良いんだけど、それだとそっちも気まずいでしょう。適正価格では無いけど、まぁコッチも無駄に米が溢れてても仕方ないし。お互い様って事で。」
  はそう言って手持ちの米の大部分を奥州に売り渡し、金に換えた。金にしたのはその方が何かと便利だし奥州と言えば特産品は馬か金、と言う事でそうした訳だが、そのお陰で実は は結構金持ちだったりする。ただ使う場が全く無いので日々増えていく米俵や金の使いどころに悩んで今に至っている。
 砲撃と共に撒き散らされる金と米を一体 はどうするつもりなのか、そして の目論む通りに富嶽の砲撃の最後の玉を打ち上げる事が出来るのか。時折米の香ばしい匂いが漂う中で は何回目かの溜息をついた。



 政宗たちが水路を渡り広い野原に辿り着いた時、真っ先に目に入ったのは巨大な移動要塞木騎だった。
「ハァン? 近くで見るとますますでかいが……どうやって攻略すれば良いかな?」
 目を細めて遠くから見上げる木騎からは矢が次々と射掛けられていた。距離的に届かないのでそれは気にせず、周囲の敵兵を一掃する。
「造ったのは元親殿であろう。造った本人が弱点は一番知っているのでは無いだろうか?」
「だが生憎未だ此処には着いて無ェみたいだしな。」
 遠巻きに木騎の動きに注意して攻略地点を増やしていく。 の乗った木騎は途中から少し移動速度が速くなった様で、そろそろ水路に近付いていた。
 もう直ぐ着くな、と思っている所へ元親が合流して来た。
「出雲か、懐かしいなァ。初号機……いや、三機目だったか?」
 見た途端ズバリと木騎の名を言い当てた。政宗たちには同じに見える木騎だが元親には見分けられるらしい。それなら弱点も判るだろうと訊ねると、一瞬厭そうな顔をしたが渋々と答える。
「足元が狙い目だ。一番弱いのは胴体の部分だが、あそこに攻撃を加えるには飛び道具でもないと無理だろう。とは言え足元は其処に行き着くまでに胴体からの攻撃を避けなきゃならねぇ。着けば着いたでカラクリの隠し武器で攻撃される。まぁそれを覚悟でやるしかないな。」
 自慢の移動要塞の弱点を暴露するのは躊躇いがあるのだろう、言い難そうな元親を尻目に政宗と幸村は弱点を再確認する。
 全体的に足長で確かに足を攻撃して崩されたらそのまま胴体が落ちるだろう。頷いて政宗と幸村は雨霰の様に降り注ぐ矢をどうやって掻い潜って足元に行くか考えた。
 上からの攻撃には死角があるのでそちらから攻め込むのが良いだろう。だがまだ丘に続く斜面に大量の弓兵が居る。彼等からの攻撃も防がねばならないと言うことは二手に分かれるべきか。
「しまったな、俺も幸村も破壊力がちと足りねェ。刀で打ち付けると言っても相当回数が必要だろうな。」
「お館様のように力があればッ……。」
 悔しく唇を噛む幸村の後ろで政宗は肩を竦めた。重量級で有れば良いというものでもない。機動力が要な場合もあるので一概には言えないだろう。だが確かにこの場に信玄並の攻撃力を持つものが居ないのは痛い。
「行け、鷹たちよ!」
 突然涼やかな声と共に、数羽の鷹が政宗たちに襲い掛かった。
 間一髪避けたものの、いきなりの事で体勢を崩す。それを見計らうように今度は炎を纏った槍が直ぐ脇を掠めた。
「なッ……?!」
 直ぐに体勢を整えると、襲い掛かってきた男は飛び退いて間合いを取って叫んだ。
「それがし前田利家! 我が領地これ以上荒らすこと相成らん! いざ尋常に勝負!!」
 口調も槍を構える姿も武将らしく立派だったが、その姿はほぼ半裸で思わず幸村が叫ぶ。
「な、なんと破廉恥な!! ふ、服を着ろ!!」
「まァそう言うな、野生児に服なんか着せられねェだろ。」
 幸村が妙な所で憤ったからか、逆に政宗は冷静になって軽口を叩いた。此処で焦ってはいけない。冷静に状況を見なくては勝てない。
 刀を構えながら政宗は利家に訊ねた。
「先刻、嫁さんの声が聞こえたみてぇだが……何処だ?」
「まつならば安全な所でそれがしたちを応援してくれている。」
 チラリと目線が上に行ったのを見逃さず、視線の先に目を走らせると木騎の上に利家の妻、まつが居た。
「夫婦揃って戦場、か。羨ましいねェ。だが良いのか、あのカラクリ兵器の上に居たら危なくて仕方無ェだろう。」
「倒されなければ良い話。よしんば落ちたとしてもそれがしが必ず守る!」
 熱く語られ、睨みあっていると言うのに思わず口笛を吹いてしまう。
「羨ましい事で。その言葉通り嫁さんをしっかり守ってくれよ。」
「固より承知! いざ、かかられよ!」
 利家が槍を一閃すると同時に先ず幸村が仕掛けた。お互い炎を纏わせてぶつかり合い、一歩も退かない。その間木騎の上からはまつが鷹を仕掛けてくる。だが遠過ぎるからか、ギリギリの所で鷹は攻撃をする間合いを見失い空高く舞い戻る。
 利家とまつを見比べ政宗は元親に低く呟いた。
「旦那の方はお前等に任せる。槍同士、戦い方は心得てるだろ。俺は嫁さんの方をやる。」
「暑苦しい戦いになるな、おい。」
 言いながらも楽しそうな元親は、幸村が一撃繰り出し退いた所で前に出た。新手が出た事で利家も一歩退き身構える。二人同時にかかられては幾ら腕自慢でも危ない。ましてや相手は総大将級の武将、無事に済む筈がない。
 だが一つ勝機があるとすれば の申し出だ。あの申し出の通りなら、二人は致命傷を負わせるほどの戦いを仕掛けては来ない筈。此方は申し出を無視すれば良いだけの事。そう思いつつも、 の申し出を無視する事が出来ないのは、彼女の能力のせいなのかそれとも利家自身が が天下を獲る事を望んでいるのか――。
 自分の考えを振り払うようにブルリと首を振った利家は、目の端で政宗が木騎目指して駆けて行くのが見えた。
「しまった、まつ!!」
 木騎の真下は矢の死角だ。攻撃が届かない。その代わりと言っては何だが、巨大な振り子が近づく者を襲い、爆弾が投げ込まれる。しかし爆弾が木騎の足元で爆発し続ければ、自分を攻撃しているのと同じ。出来るだけ足元に敵を近付けない様にしなければならないのだが、政宗は既に足元に辿り着き爆弾と振り子を避けつつ攻撃を始めていた。
 政宗の攻撃と同時に、木騎の上に立っていたまつは揺れに耐える様に身を低くして振り落とされないようにした。だがこれでは鷹たちに命令する事が出来ない。地面に降りようにも高過ぎて下手に降りようものなら着地した時に体勢を整えるのに時間がかかり、その間に敵――政宗や幸村たち――に囲まれてしまうだろう。高さのある木騎だからこそ、敵に襲われる心配無く鷹たちを自由に操れるのだ。まつも腕に自信があるので降りて戦う事に躊躇いは無い。だが今の時点で降りるのは得策ではないと思う。
 まつがしっかりと振り落とされない様にしている姿を、利家は確認し政宗の攻撃を止めようと走り出そうとした。だが直ぐ目の前に元親が回りこむ。
「行かせねェぜ、裸の大将。行きたいンなら俺を倒してから行きな。」
「退けっ! それがしはまつを守らねばならんッ!」
 怒鳴る利家に元親は眉を上げた。先程までは余裕が有ったのに、まつが危機と見るや余裕を無くしている。余程心配なのだな、と思うが同情はしていられない。有無を言わさず槍を振り回すと、利家も応戦する。
 二対一での戦いはやはり利家に分が悪く、幾ら相手が致命傷になる程の傷を負わせないとはいえ疲労が蓄積してくる。木騎の足下で攻撃する政宗も気になる。
 一方政宗は攻撃するたびに爆弾が降る為、その度退避を余儀なくされていた。元々斬り付けるタイプの政宗の攻撃は木騎に対して余り有効ではない。その為回数をこなさなければ決定打にはならないのだが、避ける度にそれが長引く結果となる。また直接当っては居ないので動けるが、爆風や風圧に押される為に傷こそ少ないが見かけは満身創痍となっている。
 機械相手に戦いが長引くのは得策ではない。それは判っているが、と政宗は苦々しく思いつつ何度目かの攻撃をした所でまた爆弾が降って来た。間合いを見て避けたが続けて落ちた爆弾に気付くのが遅れ、しまった、と思った時には間近で爆発した。
「……ッ!!」
 爆風に飛ばされ地面に叩きつけられる、と思った所でいきなり襟元に何かが当り爆風の勢いとは別に政宗の体が上空に浮かんだ。
 驚いた政宗が顔を動かすと、足元には木騎が二機に増えていた。増えた木騎の上には見慣れた姿。
!」
 政宗が叫ぶと は見上げて手を振った。そして政宗の耳元では獣の唸り声。
「白虎か……。」
 返事代わりに白虎がグルルと咽喉を鳴らし、そのまま政宗の襟を咥えて のもとまで運び下ろす。政宗の満身創痍の様子に目を丸くした は呆れた様に言う。
「珍しいなぁ、ボロボロじゃん。怪我しちゃダメだよって言ったのに、姫親さんはお仕置き決定ですかねぇ?」
「…大した怪我じゃねェ。」
 強がりではなく実際見た目が酷いだけで然程怪我はしていない。政宗の呟きに は片目を瞑ったが、そのまま今度は対峙する前田軍の木騎、出雲に視線を走らせる。政宗の攻撃が止んだ事でまつは再び立ちあがり、此方もやはり を見つめた。
様……。」
 呟くまつに は笑いかける。
「遅れ馳せながら真打登場〜ってね?」
 待たせてゴメン、と笑う の頭上では白い煙が軽快な音を立てていた。

≪BACKMENUNEXT≫

何でだか続いてしまった前田軍。結構難産だったのは途中で色々悩んでたからですが、概ね予定通りになってホッとしております。

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さて前田軍です。漸くです。運動会と言いつつ何時もと余り変わりません。そしてまだ続きます。
経験値ですが、本来は敵を倒さないと経験値は増えないんですが、合戦している訳ではないので味方が増えた時点で経験値取得、という事で。
所で実は富嶽の辺りは美味しい匂いが充満しています。さぞかしお腹が空くかと(笑)